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朝から曇っていた空が、昼を過ぎてもはっきりしないまま部屋に居座っている。
アレクシスはデスクに向かい、翻訳の原稿をスクロールしながら、時々キーボードを打つ手を止めていた。
背後では、真白がソファに座り、ノートパソコンと睨めっこをしている。
ゲーム会社の資料らしい画面が開いたまま、マウスだけが小さく動いていた。
「……なんか、空気こもってない?」
不意に、真白が言った。
独り言に近い声だったが、アレクシスはすぐに振り返る。
「そうかも。窓、開けようか」
「うん。お願い」
アレクシスは立ち上がり、ベランダ側の窓に手を伸ばす。
鍵を外し、引き戸を動かすと、少し冷たい風が部屋に入り込んだ。
カーテンがふわりと揺れ、コーヒーの残り香と、外の空気が混ざる。
「……いいね」
真白が目を細める。
その表情が、仕事中のそれよりも少しだけ柔らかい。
「集中切れてた?」
「うーん……切れてたっていうか、詰まってた」
真白は膝の上に置いていた手を組み直す。
「こういうとき、無理に続けると、あとで全部嫌になるから」
「わかる」
アレクシスは短く笑って、再び椅子に座った。
しばらくは、キーボードの音と、真白が資料をめくる小さな音だけが続く。
風が入るたび、部屋の温度がわずかに変わるのがわかった。
「アレク」
「ん?」
「今、何訳してるの」
「エッセイ。旅の話」
「へえ……いいな」
「真白は?」
「仕様書。夢がない」
そう言いながらも、真白の口調はどこか軽い。
沈黙が戻る。
でも、さっきまでの重さはない。
真白はふと立ち上がり、アレクシスのデスク横まで歩いてくる。
画面を覗き込み、少し距離が近くなる。
「……難しそう」
「慣れたら、そうでもないよ」
肩が触れそうな距離。
アレクシスは視線を画面に戻したまま、真白の気配だけを意識していた。
「ねえ」
「なに?」
「終わったら、散歩行かない?」
真白の声は、提案というより確認に近い。
「いいよ。キリのいいところまでいったら」
「うん。じゃあ待つ」
真白はそう言って、素直に自分の場所へ戻った。
窓から入る風は、もう冷たすぎない。
仕事の音が重なり合う部屋で、アレクシスは思う。
――こういう時間が、案外いちばん好きだ。
画面の文字を追いながら、次に窓を閉めるのは、もう少し先でいいと思った。