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夜の帰り道。人通りのない坂道を歩きながら、遥は少しだけ足を止めた。
「……日下部」
名前を呼ぶだけで喉がひりつくような感覚。何を言いたいのか、自分でもよくわからない。ただ、胸の中がザラついていて、何かを吐き出したくなる。
日下部は立ち止まって、振り返る。
遥は一歩だけ近づく。そして、ふいに――抱きついた。
強くでも、甘えるようでもなく。ただ、ただ、黙って、体を預けるように。
日下部は驚いたように肩を揺らしたが、それ以上は何もしない。ただ、腕の中の遥の頭を、そっと受け止めた。
遥は目を閉じる。過去の手の感触。命令。沈黙。耐えるしかなかった時間。
それとは違う「何もしない腕」の重さに、戸惑いと、わけのわからない怒りが湧く。
(なんで……何もしないの)
だけど、それを言葉にはできない。もし拒絶されたら。もし嫌悪されたら。
なのに、日下部は黙ったまま、何も聞かずに立っていた。抱き返すことも、離すこともせず、ただ「そこにいた」。
遥の喉の奥が、キュッと詰まる。
(わかんねぇよ……そういうのが、いちばん)
いちばん、こわい。