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夜。人気のない公園のベンチ。灯りの届かない木陰で、遥は膝を抱えてうずくまっていた。
向かいのベンチに、日下部が黙って座っている。
何も言わず、ただそこにいる。
遥は目を合わせない。
できない。
さっき――全部、言ったのに。
あんな、汚いこと。
あんな、取り返しのつかないこと。
「おれ、蓮司と……した」
「わざとだった。おまえの顔が浮かんでて、でも、それでも――」
言ってから、吐きそうだった。
泣きたかった。でも泣けなかった。
泣く資格なんか、ないと思った。
「なに、黙ってんだよ」
声が震える。
痛みでなく、自壊の音で。
「責めればいいじゃん。怒れよ。引けよ。キモいって言えよ」
それでも日下部は、動かなかった。
遥の方を見ていた。その目に、拒絶はなかった。
だからこそ、苦しかった。
「……なに、優しい顔してんだよ……おまえ……バカかよ……」
遥の声がかすれる。喉の奥でひび割れた嗚咽がこぼれる。
「おれがどんだけ汚いことしたか、わかってんのか……っ」
蓮司に触れられた肌が、今さらになって焼けるようだった。
汚い。
汚した。
わざとだった。
日下部の気持ちを確かめたくて、壊したくて。
それでも「嫌わないで」なんて、笑わせる。
「……無理だって思ってたんだよ」
ぽつり、と遥が呟く。
「おまえが、最後までいなくなるって、思ってた。……だから」
試したんだ。
一番してはいけないやり方で。
「……ごめんな、でも、もう遅い。おれ、最低だろ」
沈黙。
冷えた風が頬を撫でる。
季節が、遥の時間を追い越していくようだった。
そのとき。
日下部がゆっくりと立ち上がり、遥の前にしゃがみ込む。
視線を合わせるでも、見下ろすでもなく、ただ同じ高さに。
「……遥」
名を呼ぶ声が、驚くほど静かだった。
拒絶も、怒りも、ない。
ただ、そこに在るだけの声だった。
「最低かどうかなんて、俺が決める」
遥の肩が震える。
何度も言いかけて、飲み込んできた言葉が喉に引っかかっていた。
「……それでも……おれ、ぜんぶ壊したかもしれないのに……」
「壊れてない。壊させない。俺が」
その言葉が、遥の中の何かを――
冷えきった心の奥のなにかを、ゆっくりと溶かし始める。
涙が落ちた。
止められなかった。
「……なんで、そんな顔すんだよ……おれ、許されるような人間じゃ――」
「関係ねえよ」
日下部の声が、今度は少しだけ強かった。
そして、遥の頬に触れる手が、震えていた。
「おまえがどんなことしても、俺は、おまえを選ぶ」
その言葉が、どれだけの覚悟の上に成り立っているか。
遥には、痛いほどわかった。
そのやさしさは、時に残酷だ。
だけど、それでも。
遥は、声を殺して泣いた。
自分で傷つけた胸を、ようやく、誰かに預けるように。