テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
相談室のドアが、少しだけ開いたまま止まる。
「入るならどうぞ」
中から日下部の声。
生徒はゆっくり入ってきて、ドアを閉める。
席の前まで来てから、少し迷う。
「座っていいですか」
「そのための椅子だ」
生徒は座る。
沈黙。
「変な相談なんですけど」
「大体そうだな」
生徒は少し笑う。
「家では普通なんです」
「うん」
「親とも普通に話すし、弟とも喧嘩するし」
机を見る。
「でも学校行くと、別人みたいになる」
日下部は黙って聞く。
「声のトーンも違うし」
「うん」
「キャラも違う」
少し苦い笑い。
「なんか、学校用の自分っていうか」
沈黙。
「疲れるか」
「めちゃくちゃ」
即答だった。
「家帰ると、どっと疲れる」
指先が机をなぞる。
「どっちが本当の自分なんだろって思って」
日下部は少しだけ考える。
「両方」
「え」
「場所で変わるのは普通だ」
生徒は眉を寄せる。
「でも、作ってる感じがして」
「演じてる?」
「はい」
短い沈黙。
日下部は机に手を置く。
「人はな、場所ごとに役を持ってる」
「役」
「家の役、学校の役、友達の役」
静かに続ける。
「全部違う」
生徒は黙る。
「嘘ついてるわけじゃない」
一拍。
「適応してるだけだ」
沈黙。
「でも、どっちが本当なんですか」
日下部は少しだけ笑う。
「両方って言っただろ」
「……」
「人間は一個じゃない」
静か。
「一個しかないやつの方が、多分しんどい」
生徒はゆっくり息を吐く。
「じゃあ、別人みたいでも大丈夫ですか」
「問題ない」
即答。
「むしろ切り替えできる方が強い」
少し間。
「ただな」
生徒は顔を上げる。
「どっちの自分も、自分だって思っとけ」
静か。
「どっちかを“偽物”にすると、自分が減る」
生徒はゆっくり頷く。
「……それは嫌ですね」
「だろうな」
立ち上がる。
「学校の自分も、ちゃんとお前だ」
生徒はドアの前で止まる。
「学校の自分、ちょっと好きじゃないんですけど」
日下部は少しだけ肩をすくめる。
「嫌いでも、自分だ」
一拍。
「それも含めて、人間だろ」
ドアが閉まる。
場所で変わる自分は、
嘘じゃなくて、
ただの“環境適応”かもしれない。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!