テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
40
相談者は座ってから、しばらく何も言わなかった。
廊下の音が一つ通り過ぎて、やっと口を開く。
「笑い声が苦手で」
蓮司は短く視線を向ける。
「どう苦手だ」
「自分に向いてる気がする」
相談者は机の角を指でなぞる。
「関係ないって分かってる時でも、反応しちゃう。後ろで笑い声がすると、勝手に体が固まる」
「振り返る?」
「反射で」
小さく息を吐く。
「で、大体関係ない」
「でも一回は疑う」
「毎回疑う」
沈黙。
「いつから」
「前から」
それ以上は言わない。
蓮司も聞かない。
「今のクラスは?」
「普通」
「直接何かされる?」
「ない」
「じゃあ環境は変わってる」
「頭では分かってる」
相談者は少し強く言う。
「でも音だけで戻る」
蓮司は頷く。
「条件反射になってるな」
相談者は苦笑する。
「犬みたいだな」
「似たようなもんだ」
少しだけ間。
「笑い声ってさ」
相談者が続ける。
「内容分からないだろ」
「分からない」
「だから余計に怖い」
静かな言葉だった。
「自分のことかもしれないし、違うかもしれない」
「曖昧だから疑う」
「そう」
沈黙。
「じゃあ聞く」
蓮司が言う。
「実際、自分のことだった回数どれくらいだ」
相談者は考える。
「……ほとんどない」
「だろうな」
「でもゼロじゃない」
「そのゼロじゃないのが残る」
相談者は黙る。
「人間ってな」
蓮司は言う。
「一回でも当たると、そのパターンを優先する。
当たりを覚える。外れは忘れる」
相談者は小さく頷く。
「だから今も
笑い声=自分かも、になる」
「そう」
沈黙。
「じゃあどうすればいい」
「完全には消えない」
相談者は少し笑う。
「現実的だな」
「その代わり」
蓮司は続ける。
「確認を挟め」
「確認?」
「振り返る前に一拍置く」
相談者は眉を寄せる。
「できるかそれ」
「最初は無理」
「だろうな」
「でも意識すると変わる」
少し間。
「“今のは関係あるか?”って一回頭で言う」
「それだけ?」
「それだけ」
相談者は考える。
「反射より遅らせるってことか」
「そう」
沈黙。
「あともう一個」
蓮司が言う。
「笑い声が全部攻撃じゃないって」
「分かってる」
「分かってると、慣れてるは違う」
相談者は黙る。
「今は“知ってる”だけ。“体が納得してない”状態」
少し長い沈黙。
相談者は立ち上がる。
「じゃあ、慣れるしかないか」
ドアの前で止まる。
「一回一回、外れを増やす」
蓮司は頷く。
笑い声は、ただの音でも、過去が重なると意味を持つ。
その意味はすぐには消えないが、少しずつ上書きしていくことはできる。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!