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相談者は座ってから、しばらく何も言わなかった。
廊下の音が一つ通り過ぎて、やっと口を開く。
「笑い声が苦手で」
蓮司は短く視線を向ける。
「どう苦手だ」
「自分に向いてる気がする」
相談者は机の角を指でなぞる。
「関係ないって分かってる時でも、反応しちゃう。後ろで笑い声がすると、勝手に体が固まる」
「振り返る?」
「反射で」
小さく息を吐く。
「で、大体関係ない」
「でも一回は疑う」
「毎回疑う」
沈黙。
「いつから」
「前から」
それ以上は言わない。
蓮司も聞かない。
「今のクラスは?」
「普通」
「直接何かされる?」
「ない」
「じゃあ環境は変わってる」
「頭では分かってる」
相談者は少し強く言う。
「でも音だけで戻る」
蓮司は頷く。
「条件反射になってるな」
相談者は苦笑する。
「犬みたいだな」
「似たようなもんだ」
少しだけ間。
「笑い声ってさ」
相談者が続ける。
「内容分からないだろ」
「分からない」
「だから余計に怖い」
静かな言葉だった。
「自分のことかもしれないし、違うかもしれない」
「曖昧だから疑う」
「そう」
沈黙。
「じゃあ聞く」
蓮司が言う。
「実際、自分のことだった回数どれくらいだ」
相談者は考える。
「……ほとんどない」
「だろうな」
「でもゼロじゃない」
「そのゼロじゃないのが残る」
相談者は黙る。
「人間ってな」
蓮司は言う。
「一回でも当たると、そのパターンを優先する。
当たりを覚える。外れは忘れる」
相談者は小さく頷く。
「だから今も
笑い声=自分かも、になる」
「そう」
沈黙。
「じゃあどうすればいい」
「完全には消えない」
相談者は少し笑う。
「現実的だな」
「その代わり」
蓮司は続ける。
「確認を挟め」
「確認?」
「振り返る前に一拍置く」
相談者は眉を寄せる。
「できるかそれ」
「最初は無理」
「だろうな」
「でも意識すると変わる」
少し間。
「“今のは関係あるか?”って一回頭で言う」
「それだけ?」
「それだけ」
相談者は考える。
「反射より遅らせるってことか」
「そう」
沈黙。
「あともう一個」
蓮司が言う。
「笑い声が全部攻撃じゃないって」
「分かってる」
「分かってると、慣れてるは違う」
相談者は黙る。
「今は“知ってる”だけ。“体が納得してない”状態」
少し長い沈黙。
相談者は立ち上がる。
「じゃあ、慣れるしかないか」
ドアの前で止まる。
「一回一回、外れを増やす」
蓮司は頷く。
笑い声は、ただの音でも、過去が重なると意味を持つ。
その意味はすぐには消えないが、少しずつ上書きしていくことはできる。