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昼休み。
チャイムが鳴った瞬間、教室の空気が少し緩む。
けれど、遥の肩は緩まない。
午前中ずっと張りつめていた神経が、そのまま続いている。
ノートを閉じる。
顔を上げる。
――そして。
無意識だった。
本当に、無意識だった。
視線が教室の入り口へ向く。
誰かを探したつもりはない。
けれど、見てしまう。
いない。
その事実を確認した瞬間だけ、胸の奥が妙に落ち着かなかった。
「……何やってんだ、俺」
小さく呟く。
もちろん答える相手はいない。
遥自身にも理由は分からない。
ただ、日下部が席にいるときより、いないときのほうが気になった。
それだけだ。
それだけのはずだった。
「おーい」
女子の声。
遥は反射的に振り返る。
「購買行ってこい」
断れない頼み事。
いつものことだった。
メモを押しつけられる。
量が多い。
ひとりで持つには少し重いくらいだ。
でも誰も手伝わない。
遥は何も言わず、教室を出た。
昼の廊下は騒がしい。
人混みに押され、肩がぶつかるたび、昨日から続く痛みが鈍く広がる。
それでも歩く。
止まれない。
ようやく購買で全部買い終えたころには、両手が塞がっていた。
パン。
飲み物。
お菓子。
袋。
紙パック。
「……重っ」
思わず漏れた声。
「そりゃそうだろ」
横から声がした。
遥が顔を上げる。
日下部だった。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
肩から力が抜ける。
「何やってんだよ」
「別に」
「その量で別にじゃねぇだろ」
そう言いながら、日下部は自然に袋を半分持った。
「返せ」
「嫌だ」
「なんでだよ」
「持てるから」
意味の分からない理屈。
遥は少しだけ眉を寄せる。
けれど、返せとはもう言わなかった。
隣を歩く。
それだけなのに、購買へ向かう時より足が軽い。
理由は考えない。
考えたくない。
「お前さ」
日下部が言う。
「最近、無理してるだろ」
遥の足が止まりかける。
「してねぇ」
「してる」
「してねぇ」
「してる」
即答だった。
遥は小さく舌打ちする。
「なんなんだよ」
「知らねぇ」
日下部は笑った。
「でも、お前の顔見てたら分かる」
その言葉に、遥は返事ができなかった。
見られている。
学校中の視線は嫌いだった。
監視される。
評価される。
嘲笑される。
けれど。
日下部の視線だけは少し違う。
何が違うのか、うまく言葉にならない。
ただ――苦しくない。
教室へ戻る。
扉を開けた瞬間、数人の視線が向いた。
「遅かったな」
「仲良く買い物?」
笑い声。
遥は反射的に身構える。
だが、
「うるせぇ」
先に口を開いたのは日下部だった。
「パン買ってただけだろ」
喧嘩腰ではない。
でも、その一言だけで遥に向いていた視線が少し逸れる。
完全には消えない。
それでも、さっきまでとは違った。
席に戻る。
遥は机に肘をついた。
疲れていた。
身体も。
頭も。
全部。
窓の外を見る。
そしてまた、無意識に視界の端へ日下部を入れてしまう。
少し離れた席。
友達と話している。
笑っている。
その姿を見て、なぜかほんの少しだけ息がしやすかった。
――それが何なのか。
遥はまだ知らない。
コメント
1件
読了しました。 「無意識に教室の入り口へ向く視線」――この一文に、遥の心の動きが全部詰まっているようで胸がぎゅっとなりました。日下部に「無理してる」と言われて拒否しつつも、隣を歩くだけで足が軽くなる感覚、すごく伝わってきます。「理由は考えない/考えたくない」という遥の自己防衛が切ない。まだ名前のつかない気持ちを抱えたまま、言葉にならない距離を描くのが本当にお上手ですね。次が気になります🌷