コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
新年会以来、大木の嫌がらせじみた態度が変化したような気がする。仕事の指示が故意に締め切りぎりぎりだったり、嫌味を口にしたりするのは相変わらずだったが、私を見る目つきが今までとは違って見えた。
それは例えば、全身をじろじろと舐め回すような、舌なめずりでもするような、そんな表現が合いそうな目だった。その他にも、わざわざ背後を通っては周りが気づかないようなさり気なさで、私の肩や背中に触れていく。こんな距離感は今までになかったことだ。
大木の視線はもちろん、接触される度に総毛立つような思いがしたが、そのことは誰にも言わなかった。この程度のことはただの偶然だと言われてしまったら、そうかもしれないと思えるようなものだったからだ。自意識過剰と嗤われるかもしれない、私の被害妄想にすぎないのかもしれないと、そう思ってしまった。だから、このことは宗輔にも黙っていた。日頃から、何かあればすぐに教えるようにと言ってくれていたが、忙しそうな彼に余計な心配をかけたくなかった。
そんな折、県内代理店の人々を労うためのパーティーが開かれることになった。年度末までにはまだ間がある今だからこそ、決算に向けた駆け込み契約に発破をかける意味も込められていた。
私のいる支店が、県内におけるいわばベース店であることから、パーティ会場はこの街のホテルに決まる。準備や接待については、県内の他支店とで手分けして行うことになった。
二月中旬の金曜日、いよいよその当日がやって来た。
この日は支店長の他に、さらにその上の管理職である本部長も来ていた。代理店の世話役として、各支店からそれぞれ課長と主任クラスの営業職、加えて事務職も招集されており、私もそのうちの一人だった。課長の大木と主任は、支店長と本部長と共にすでに出発している。私と久美子は戸田に後のことを任せて、タクシーでホテルへと向かった。会場に到着してからは全員が揃ったところで簡単な打ち合わせが行われ、その後各自割り当てられた係の仕事についた。
私と久美子は受付係だった。二人してよそ行きの顔を作り、会場前で出席者たちの到着を待つ。
しばらくたって、小柄な女性がにこにこしながらやって来た。普段からやり取りの多い代理店の一人だ。彼女は私たちの顔を見て、ますます笑顔を大きくした。
「やっぱり早瀬さんと北山さんなのね。こういう場って苦手なんだけど、二人がいてくれるなら安心だわ」
「川口さん、お疲れ様です。今日はお忙しい中ご参加頂きまして、ありがとうございます」
久美子と二人して頭を下げているところに、さらによく知る人物が現われた。
「皆さん、今日はご苦労様」
宗輔の父であるマルヨシの社長が立っていた。社長夫妻とはすでに何度か食事に行っているが、今日のように仕事用の顔で会うのは久しぶりだった。
私の頼みを聞き入れてくれた社長は、私と宗輔の交際を知らないことになっている。私はこれまでと変わらない笑顔と態度を心がけながら頭を下げた。
「本日はお越し頂きまして、ありがとうございます」
「いやいや、こちらこそありがとう。そうだ、早瀬さん。ちょっといいかな」
社長が手招きする。
私は不思議に思いながら、久美子と川口が話している場所から離れた。
「何か問題でもございましたか?」
緊張した顔をする私に社長は声をひそめた。
「いや、問題とかではなくてね。……今日は宗輔が迎えに来てくれるんだけど、一緒に帰れそうかね」
そう言えば、と思い出す。先週宗輔と会った時、彼はそんな話をしていた。しかし事情を知っている彼は、私を乗せて帰るとまでは言わなかった。だからこれは、社長の気遣いなのだろうと推測する。社長が一緒ならいくらでも理由をつけられそうだが、宗輔といるところを大木に見られるのは今後の業務に差し支えるような気がした。
「ちょっとした後片付けなどもありますし、難しいと思います」
私の答えに社長は残念そうに笑う。
「そうだろうとは思ったんだけどね。せっかくだから、一緒に帰れたらいいかと思ったものだから」
「すみません。お気遣いありがとうございます」
気にしないでいいよ、と社長は笑って付け加える。
「宗輔も、父親の私なんかより佳奈さんを送迎した方が嬉しいだろうにね。おっと、ここでは『早瀬さん』と呼ばないとね。余計な時間を取らせてしまって悪かったね。今日はよろしく頼んだよ。さて、私は他の皆さんに挨拶でもして来ようか」
「よろしくお願いいたします。行ってらっしゃいませ」
私は微笑みを浮かべて社長を見送った。