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その日の相談室に入ってきたのは、小柄で髪の長い女子だった。 椅子に座ると同時に、彼女は両手を膝の上で握りしめ、視線を落とした。


「……笑わないで聞いてくれる?」


小さな声だった。


遥は頷く。


「笑わないよ」


「……中学のとき、文化祭でさ。発表の途中でセリフ飛んじゃって。頭真っ白になって、みんなの前で泣いちゃったの」


彼女は唇を噛むようにして続けた。


「それからずっと、”あの子泣いたやつだ”って言われて……高校に入っても、思い出すと体が固まる。声が出なくなる」


遥はじっと彼女を見ていた。


「……今でも?」


「うん。授業で当てられるだけで、”また失敗する”って思っちゃう」


彼女の指は膝の上で小刻みに震えていた。


「たかが一回の失敗なのにさ。もう二年も経ってるのに、まだ私のこと追いかけてくる」


遥は少しだけ笑みを浮かべた。


「”たかが一回”って思えてるなら、まだいい方じゃない?」


「でも、消えない」


「そうだな。俺も消えないこと、いっぱいある」


遥は机に肘をついて、天井を見上げる。


「俺なんか、毎日失敗してるよ。言い返せなかったことも、助けられなかったやつも。……でもさ、不思議と、生きてると新しい失敗が増えてくんだ」


「増えるの、嫌じゃない?」


「嫌だよ」


即答する遥に、彼女は少しだけ笑った。


「でも、前の失敗って、少しずつ薄くなるんだ。新しいやつの影に隠れて」


「……本当に?」


「本当。俺が証明」


彼女は黙って遥を見つめる。

彼の制服の袖口には小さなほつれがあり、昨日か一昨日についたらしい青痣が首元から覗いていた。

――この人も、ずっと何かに負け続けてる。でも、それでもここで座ってる。


「……じゃあ、私もまた失敗していいのかな」


「いいよ。失敗しないやつなんて、いない」


遥の声は低く、けれどどこか温かかった。


女子は深く息を吐き、肩の力を抜いた。


「……次、あてられたとき、声が出なくてもいい?」


「いいよ。そのあとまた出せばいいだけだろ」


窓の外では夕陽が沈みかけていた。

彼女の横顔にはまだ迷いが残っていたが、その瞳にはほんの少しだけ光が差していた。


――失敗は終わらない。けれど、終わらないからこそ、次も生きていける。

遥は心の中でそう繰り返しながら、机に置いたペンを転がした。



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