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キッチンから、だしの匂いがゆっくり広がってくる。
真白はソファに座り、膝の上にブランケットをのせたまま、その匂いを吸い込んだ。
「いい匂い」
「そば」
「やっぱり」
「年末だから」
「理由、固定されてきたね」
「今日は正当」
鍋の中で湯が静かに揺れている。
テレビでは、例年通りの番組が流れていた。
にぎやかな音と、この部屋の静けさが、少しだけずれている。
「外、寒そう」
「見なくてもわかる」
「なんとなく」
「出る?」
「出ない」
即答だった。
「正解」
アレクシスは火を弱め、真白の隣に戻ってくる。
ブランケットを二人で分けるのは、もう自然になっていた。
「そば、あとどれくらい?」
「もう少し」
「待てる」
「珍しい」
「今日は、待つ日」
「そういう日?」
「そういう気分」
画面の向こうで、カウントダウンの準備が進んでいる。
二人はそれを横目で見るだけだった。
「ねえ」
「なに」
「今年さ」
「うん」
「悪くなかった」
「それはよかった」
「アレクがいたから」
「……理由としては強い」
「認めて」
「認める」
真白は、ブランケットの中で少し体を寄せる。
肩が触れ、腕が重なる。
「来年も」
「うん」
「同じ感じでいい」
「それが一番、難しい」
「でも、できてる」
「今のところは」
キッチンから、タイマーの音が鳴る。
「あ」
「できた」
二人で立ち上がり、そばを器に盛る。
湯気が立ち、眼鏡が少し曇った。
「年越しそばって」
「うん」
「途中で切れるとだめなんだよね」
「縁起が悪い」
「じゃあ」
真白は箸を持ち、少し考える。
「一気にいく?」
「無理しなくていい」
「……じゃあ、ゆっくり」
「それで」
向かい合って座り、そばをすする音が重なる。
静かな音が、部屋に馴染む。
「ねえ」
「まだある?」
「最後」
「どうぞ」
「来年も、一緒に年越そう」
アレクシスは、箸を止めて、真白を見る。
「約束?」
「ううん」
「じゃあ」
「希望」
「それなら」
アレクシスは少し笑う。
「叶えやすい」
テレビの音が、少し大きくなる。
年が、もうすぐ変わる。
「そろそろ」
「うん」
ブランケットの下で、指先が絡む。
「……今年も、ありがとう」
「こちらこそ」
カウントが始まる少し前、
二人は何も言わず、肩を寄せた。
大きな音は、いらない。
この距離で、十分だった。