TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
シェアするシェアする
報告する

翌日、雪子はいつもよりも少し遅く起きた。

今日は休日なので、朝は急ぐ必要もない。


息子の和真が出て行ってからは早起きとは無縁だ。

朝は毎日トーストとコーヒーでシンプルな朝食、洗濯物だって一人分だから楽なものだ。


三人家族だった頃は、早起きして和真の弁当を作ったり、

父の食事の作り置きの為に、帰宅後睡眠時間を削って家事をしていた。

休日も、買い出しや雑用などに一日が追われる。

それも今となっては懐かしい思い出だ。


家族がいるから食事も作り甲斐があるし、美味しいと言われるとまた頑張れる。

しかし今は全くやる気が起きない。

こういうのを空の巣症候群とでも言うのだろうか?


ただ今の自分には甘えがある事もわかっている。

世の中には自分の時間すら持てない人だっているのだ。

だからいつまでも甘えて鬱々なんてしていられない。


雪子は家事を終えると、いよいよ家の中の片付けを始める事にした。

まずは一階の玄関脇にある父の書斎からだ。


父は高校で地学の教師をしていた。

教師という仕事柄、かなりの数の書物が本棚に詰まっている。

父が専門にしていた地学系の専門書の他に、父が集めていた鎌倉古道や歴史関連の本など、

今ではなかなか手に入らない希少な本がいくつもある。


これらを処分するのに、古本買取業者に買い取りに来て貰う事も考えたが、

父が大切に集めた専門書を査定にかけて全部まとめて引き取ってもらうのは、

なんだか父が悲しむような気がした。

かと言ってただ捨てるなんていう事も出来ない。

どうやったら父が喜ぶかを考えてみた。

そこで名案を思いついた。


雪子の家の近くには切り通しが多く存在し、歴史や古道に興味のある人が家の前を頻繁に通る。

中には切り通しのむき出しになった地層を見にわざわざ訪れる人もいる。

昔父が、観光客と地層についての話で盛り上がっているのを見た。


雪子の家は、ちょうど切り通しの入口の脇にある。

だから門の前に本を置いて、興味がある人に持っていってもらうのはどうだろうかと閃いた。


欲しい人が貰ってくれたら父も喜ぶのではないか?


雪子は早速段ボール箱をいくつか用意した。

その中に本を入れ、段ボールの上に次のようなメモをつける事にした。


【父の遺品ですが、ご興味のある方にもらっていただければ父も喜ぶと思います。どうぞご自由にお持ち下さい】


用意した箱は全部で四箱。

早速門の外までその段ボールを運び、道沿いに並べる。

そして塀の見えやすい位置に、

先程書いたメモを両面テープで貼りつけた。

そして本を持ち帰る人用に、ビニール袋も用意した。


一歩後ろに下がってそれを見た雪子は、満足気にうんと頷いた。


ちょうどその時、隣家の飯村夫人が出て来て雪子に声をかけた。


「雪子ちゃんこんにちは。あら? どうしたの?」

「おばさんこんにちは。やっとなんですが、父の遺品整理を始めようと思って」

「ああ、それ慶太さんの本ね。へぇ、欲しい人に持って行ってもらうようにしたのね。いいんじゃない? 今はなんでもすぐに

捨てたり売ったりの世の中だけれど、欲しい人が貰ってくれたら慶太さんもきっと喜ぶわ」


飯村夫人は微笑みながら言った。


飯村夫人と雪子の父、そして雪子の母は幼馴染だった。

だから、雪子の両親が亡くなった時、そして雪子が離婚して実家に戻って来た時も、

飯村夫人は色々と力になってくれた。


小さな頃、和真が飯村家へ遊びに行かせてもらった事もしょっちゅうだ。

隣人というよりは、今では親戚のような感じかもしれない。


飯村夫人には婿養子に入った夫がいたが、8年前に他界し今は未亡人だった。

飯村夫人は夫亡きあと、一時期塞ぎ込んでいた時期もあったが、

今ではすっかり元気になり、毎日アクティブに過ごしている。

空の巣症候群になっている雪子とは正反対で、飯村夫人は女一人暮らしを謳歌していた。


飯村夫人を見ていると、歳を取る事や女一人で暮らす事も悪い事ではないと思えてくるから不思議だ。

彼女と話をしていると、いつも元気を貰える。


そんな飯村夫人としばらく世間話をした後、雪子はまた片付けの続きを始めた。

昼食を食べた後も作業に集中した。


最初はしんみりしながら始めた片付けだが、段々ものすごいガラクタの量に怒りさえ湧いてくる。

こうなると、物を捨てる事に全く躊躇しなくなる。


気づくと、庭には45リットルのゴミ袋が10袋以上積み上げられていた。


日が暮れ始めたので雪子はさらにスピードアップし、いらないものをどんどんゴミ袋へ詰めていく。

とにかく今は少しでも早くすっきりさせたい。


作業は薄暗くなるまで続いた。

そのお陰で、父の部屋にあった物はほぼ全て無くなった。

一人で動かせない大きな家具は、後日収集業者に取りに来てもらう。


すっきり片付いた部屋を見回した雪子は、満足気に頷く。


その時、机と壁の隙間にキラリと何かが光っているのが見えた。

雪子が手を伸ばしそれを拾う。

見ると光っていた物は、桜貝が入った小さなガラスの瓶だった。


その桜貝は、雪子が小学生の頃由比ガ浜で拾ったものを父の日のプレゼントにしたものだった。


父はずっと持っていてくれたのだ。

その桜貝を見ていると、それを渡した時の父の嬉しそうな顔が蘇ってくる。

たまらず雪子は泣き出した。


雪子はからっぽになった父親の書斎で、しばらくの間肩を震わせて泣き続けた。

51歳のシンデレラ

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

140

コメント

1

ユーザー

桜貝の想い出と父の愛…🥺

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚