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夜の相談室。窓の外では雨が小さく跳ねている。蛍光灯の白さが机に落ち、ひとつの影を長く伸ばした。
扉を叩く音が二度。日下部は「どうぞ」と声をかける。
「……こんばんは」
椅子に腰を下ろす彼の指先は、机をかすかに叩いていた。
「人と比べてばかりで、息が詰まるんです。
部活でも成績でも、誰かと差があるのが苦しくて」
「差って、いつも見えるよな。
あいつは走るのが速い、あの子は話がうまい。
比べると、自分が薄く感じる」
「そうなんです。
“頑張ればいい”って言われるけど、
頑張っても同じ場所に立てない気がして」
「もしかしたら、比べるって
“自分がどこにいるか”を知りたい合図なのかもしれない。
位置を確かめたいだけで、優劣じゃない」
「位置を確かめる……」
「うん。
誰かと並んで見えた差は、
君の歩幅や景色を教えてくれる目印だ。
差があるから、君が動いてきた道が見える」
「道……か。
そう考えたら、少し呼吸がしやすいかも」
「比べても、勝ち負けにしなければいい。
ただ“ここにいる”って確認するために比べるだけでいい」
雨脚が弱まり、窓の外の街灯が滲んだ。
来訪者は小さくうなずき、
「ありがとうございます」と呟いて立ち上がった。
日下部は微笑んだ。
「道は君のものだよ。比べた先で、君の歩幅を忘れないで」
静かなドアの閉まる音だけが、夜にやわらかく響いた。