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昼下がり、部屋の中は静まり返っていた。
カーテン越しの光が淡く揺れて、空気の中に夏の匂いを混ぜている。
アレクシスはキッチンに立ち、ガラスのグラスを二つ並べた。
氷を割る音が響くたびに、空気が少しだけ涼しくなる。
「アレク、何してるの?」
寝起きの声。
真白が髪をぼさぼさにしたままリビングへ顔を出した。
「コーヒー淹れてる。暑いから、今日はアイスで」
「やった。甘いやつ?」
「……ブラック」
「即答!?」
アレクシスは笑って、冷えたポットからゆっくりと琥珀色の液体を注いだ。
氷が触れ合う澄んだ音が、静かな部屋に広がる。
真白がグラスを手に取り、一口飲んで顔をしかめる。
「苦っ」
「だから言ったじゃない」
「でも……冷たくて、いい匂いする」
「あとでミルク入れる?」
「ううん、このままでいい」
そう言って、真白はもう一度グラスを口に運んだ。
その横顔に、アレクシスの視線がふと止まる。
氷が溶ける音。
光を透かして揺れる液体の中に、真白の指先が映っている。
アレクシスは、グラスを拭くふりをしながら目を逸らした。
「ねえ、アレク」
「ん?」
「こうやって飲むの、なんか“大人”って感じする」
「そんなに特別でもないけど」
「でも、アレクがやると特別に見える」
真白は軽く笑い、テーブルに頬を乗せた。
まぶたの影が、やわらかく光を吸い込む。
「……眠い?」
「うん。冷たいの飲んだら、余計に」
「ソファで横になれば?」
「ここでいい。アレクの音、落ち着くから」
その言葉に、アレクシスは動きを止めた。
キッチンの時計の針が、静かに進む音だけが響いている。
「じゃあ、もう少し静かにするよ」
「ううん。動いてていいよ。……聞いてたい」
真白の声はもう、半分夢の中だった。
アレクシスはグラスを片付けながら、その寝息を確かめる。
穏やかで、心地よいリズム。
窓の外では、セミが遠くで鳴き始めていた。
夏が、ゆっくりと部屋の中まで入り込んでくる。
アレクシスは小さく息をつき、真白の前に水の入ったグラスを置いた。
「……氷、溶けないうちに起きてよ」
そう呟いて、カーテンを少し閉める。
午後の光は柔らかく変わり、コーヒーの香りがまだ空気に残っていた。