テラーノベル
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相談室のドアが、静かに閉まる。
そのあと、少し間があった。
椅子に座っている少年は、まだ何も言わない。
視線は床に落ちたまま。
日下部は急かさない。
机の上のメモ帳を閉じて、ただ向かいに座る。
やがて、少年が口を開いた。
「……あのさ」
声がかすれている。
「相談っていうか……」
少し笑う。
うまく笑えていない。
「もう、相談じゃないかも」
日下部はうなずくだけだった。
少年は続ける。
「最近さ、
学校で……ゲームがあるんだ」
沈黙。
「ゲーム?」
「うん」
少年は肩をすくめる。
「毎日、一回」
言葉を選ぶように止まる。
「……俺を使うやつ」
日下部は黙ったまま。
少年は少しだけ視線を上げた。
「別に殴られるとかじゃない日もある」
乾いた声。
「その日は、“当たり”」
「何をするんだ」
「決めるんだよ」
少年は笑う。
「今日は何して遊ぶかって」
指を折る。
「机の下に潜らせる日。
名前じゃなくて番号で呼ぶ日。
体育のあと、床に寝かせて踏む日」
ひとつ、息を吸う。
「あと」
言葉が止まる。
日下部は急かさない。
少年の視線が机の端に落ちる。
「……犬の真似する日」
部屋が静かになる。
少年は続けた。
「最初はさ、断った。そしたら」
喉が鳴る。
「“じゃあ倍な”って言われた」
「倍?」
「二回やるんだって」
笑う。
「ゲームだから公平にって」
沈黙。
「先生は?」
少年は肩をすくめる。
「見てるよ」
「何も言わない?」
「言うよ」
少年は言った。
「“騒ぐな”って」
静かな声。
「授業の邪魔だから」
日下部の手が、わずかに止まる。
少年は天井を見た。
「でさ。最近、ルール増えたんだ」
「どんな」
「逃げたら」
一瞬。
「家に言うって」
日下部が眉を動かす。
少年は笑った。
「言われたんだよ。
“お前の家、面白そうだし”って」
少しだけ首を傾ける。
「なんで知ってるんだろうな」
沈黙。
少年はぽつりと言った。
「……家でもさ」
言葉が続かない。
喉を鳴らす。
「同じ感じなんだよ」
机の角を指でなぞる。
「俺、思ったんだ」
日下部は待つ。
「もしかしてさ」
少年の声が、ほとんど消える。
「これって
ゲームじゃなくて」
少し笑う。
「……俺が景品なんじゃない?」
部屋が、静まり返る。
日下部はゆっくり口を開いた。
「名前」
少年は顔を上げる。
「まだ聞いてない」
しばらくして。
少年は答えた。
「……伊織」
その名前が、部屋の空気に落ちた。
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