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放課後の相談室に、野球部のジャージを着た男子が入ってきた。ドアを閉める音がやけに重い。
「……こんばんは」
疲れた声。肩で息をしている。
「おつかれ。どうぞ」
日下部は椅子を示す。
男子は腰を下ろし、両手を膝の上で組み合わせながら言った。
「部活、もうやめたいんです。
でも言えない。
仲間も先輩も、いい人ばっかりで……裏切るみたいで怖い」
日下部はゆっくりうなずく。
「“嫌い”になったわけじゃないのに、
自分の心が別の方向向いてる感じ?」
「そう。
練習中も頭が空っぽで。
でも行かないとって思って、毎日無理してる」
日下部は少し笑って言った。
「やめたい気持ちって、悪いことじゃないよ。
終わりにしたいって思うのは、
次を選ぼうとしてる証拠だろ」
男子は目を伏せ、
「でも……迷惑だと思う」
「迷惑って、誰の?
先輩や仲間は“お前が楽しく野球してる”前提で見てるだけだ。
本当の自分を隠して続けるほうが、
ずっと後でしんどい」
男子は唇をかみしめ、しばらく沈黙した。
窓から射し込む夕陽が、ジャージの袖に赤く反射する。
「……怖いけど、話してみようかな」
「それが一番だと思う」
日下部は穏やかに言った。
「理由を全部説明しなくてもいい。
“自分のこれからを考えたい”で十分だから」
男子は小さく息を吐き、
「ありがとうございます」と立ち上がった。
ドアが閉まると、相談室は再び静かになった。
夕暮れの光が薄れていく中、
日下部は机に頬杖をつき、
その背中にそっと心の中でエールを送った。