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放課後の相談室。カーテン越しの光が柔らかく、空気は少しひんやりしていた。
ドアが開き、髪をポニーテールにした女子がそっと入ってくる。
「こんにちは……」
かすかに戸惑った声。
「どうぞ」
日下部は窓際の椅子を指し示す。
女子は座ると、鞄を膝の上で抱え込んだ。
「親友が、あるアイドルグループにどハマりしてて。
話題も休日もそればっかり。
一緒にいても置いてかれてるみたいで、
私だけ“置き土産”みたいな感じがして……」
日下部はゆっくりうなずいた。
「置き土産って、ちょっと切ない響きだな。
その友達とは、前みたいに話せない感じ?」
「うん。
推しのライブ遠征とか語る顔がすっごく楽しそうで、
それはいいなって思うけど……
私は興味なくて。
“もっと話合わせなよ”って自分を責めちゃう」
日下部は少し窓の外を見ながら言った。
「好きなものが違うってだけで、
“距離ができた”って思っちゃうのは自然だと思う。
でも、友達って一緒に全部楽しむ義務はないだろ」
女子は小さく目を上げる。
「でも、前みたいに何でも話せなくなるのが怖い」
「怖いよな」
日下部は腕を組みながら、声を落とした。
「でもたぶんその子も、
君が君のままでいてくれるのが心地いいんじゃないかな。
推しができたことで友達やめるわけじゃない。
お互い好きなことが違っても、
時間をかければ“新しい関わり方”が見えてくる」
女子は少し肩をゆるめ、
「……そっか。
無理に同じ熱量で話さなくてもいいんだね」
「うん。
君が君でいて、その子がその子でいて、
それで成り立つ友達なら、ちゃんと続く」
沈黙のあと、女子はふっと息をついた。
「話してよかった。ありがとう」
ドアを閉めて出ていく背中を、
日下部は静かに見送った。
相談室に残ったのは、淡い夕焼けの匂いだけだった。