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葉月がシフォンケーキを切り分け、コーヒーと一緒に持って行くと、
二人の会話は既に盛り上がっていた。
「葉月、聞いた? 桐生さんの写真集、海外でも発売されるんですって」
「主にアジア圏ですけどね」
「今は海外にも日本の鉄道ファン多いですもんねー」
「はい、撮影していると結構見かけます」
「やっぱり!」
その時、賢太郎がテーブルの上の名刺に気づいた。
「これは?」
「あ、それは……」
「あ! なんでもないんです……」
千尋が名刺について説明しようとすると、葉月が遮るように言ったが、気にせず千尋は説明を続けた。
「実は葉月、今日、二人の男性からナンパされたんです」
「ナンパ?」
「そう! で、その名刺は、そのうちの一人にもらったんですって。で、連絡くださいだって!」
「余計なことを言わないでよ」
「ダメよ、ちゃんと言わなくちゃ! だって、二人はつき合うことになったんでしょう? ね、桐生さん?」
「はい……」
「だったら、その名刺の人を検索してみて! 調べたら、超お金持ちのイケオジだったから、びっくり!」
そこで葉月が千尋の膝を軽く叩いた。
『お喋り!』
『いいじゃん。本当のことなんだから』
二人は目で会話を交わす。
一方、賢太郎は携帯を取り出して、クリス・ハプラーに似た男の名前を検索してみた。
そしてその人物の詳細が分かると、小さくため息をついてから言った。
「で、葉月はどうしたいの?」
「キャーッ! 『葉月』だってー」
千尋が興奮して叫ぶ。
「どうって?」
「この人に連絡するの? しないの?」
「す、するわけないじゃない!」
葉月がムキになって言うと、賢太郎は少し安心したようだ。
「良かった……。じゃあ、この名刺は処分しよう」
「あとで捨てるわ」
「今ここで捨ててくれないと、安心できないよ」
賢太郎が真剣な眼差しで言ったので、葉月は仕方なくその場で名刺を破った。
すると、賢太郎はニッコリ笑ってから、
「いい子だ」
そう言って、葉月の頭を優しく撫でた。
その甘くソフトな雰囲気に、千尋は思わずうっとりと見惚れている。
「な、なんだ……お試しのお付き合いって聞いたから、どんな感じかなって思ってたけど、二人ともいい雰囲気じゃないの」
「そ、そんなんじゃないってば」
葉月は顔を真っ赤にして千尋に言う。
「ふふふ、葉月が照れてどうすんの! 賢太郎さん! 葉月は離婚してからずっと、航ちゃんのために一人で頑張ってきたんです。だからそろそろ何かご褒美があってもいいのになーって思ってたんですよ。そこへ桐生さんがタイミングよく現れてくれてたから、本当に良かったわ。これから、葉月と航ちゃんのこと、どうかよろしくお願いしますね」
葉月は、千尋の予想外の言葉に心を動かされていた。
(千尋ったら、そんな風に思ってくれてたんだ……)
その時、賢太郎はこう答えた。
「大丈夫ですよ。彼女と航太郎のことはお任せください」
「それを聞いて安心しました。今日は直接お会いできて嬉しかったです。じゃ、葉月、私、帰るわね」
「え、もう? もっとゆっくりしていけばいいのに」
「ううん、明日の朝早いから、今日はもう失礼するわ。桐生さん、またお会いできるのを楽しみにしていますね」
「はい。またぜひ」
「航ちゃーん、千尋が帰るってー」
葉月が二階に向かって声をかけると、航太郎がバタバタと降りてきた。
そして、三人は玄関で千尋を見送った。
「航ちゃん、桐生さんのお土産のシフォンケーキがあるわよ」
航太郎の目は一瞬輝いたが、そこで長野にいる親友・流星の言葉を思い出す。
『まずは、二人だけの時間を作ることじゃないの?』
そして、航太郎はこう答えた。
「今ちょっと忙しいから、明日食べるよ」
いつもは何があってもスイーツを食べたがる甘党男子の息子が、そんな風に言ったので葉月は驚いた。
(いつもはすぐに飛びついてくるくせに……)
そこで、今度は賢太郎が航太郎に聞いた。
「今から写真見に行こうか?」
「あ、今はちょっと……実は今手が離せなくて……だから、また今度お願いしまーす」
航太郎は慌てて答えると、逃げるように階段を駆け上って行った。
「何だろう? 流星君とお喋りでもしてるのかな?」
「流星君って、あの佐伯さんの?」
「そう。なんか最近よく話してるみたい。あ、コーヒーもう一杯淹れるわね」
葉月がキッチンへ戻ると、賢太郎はソファーに座った。
コーヒーを淹れ直して持って行くと、賢太郎が葉月に言った。
「ここに座って」
賢太郎の隣に座るよう促された葉月は、ドキッとした。
しかし、それを悟られないよう、あえてそっけなく言った。
「何?」
そして、賢太郎から少し距離を置いて隣に座った。
座った途端、賢太郎の左手が葉月の腰を引き寄せ、右手は葉月の長い髪を触り始める。
「美容院に行ったんだね」
突然耳元で甘い声が響いたので、葉月は思わずゾクッとした。
(落ち着け葉月! 相手は年下よ、年下!)
動揺を隠すように、葉月はしゃきっとして答える。
「ええ。しばらく行ってなかったから」
「そっか。そのままでも綺麗だったけど、さらに綺麗になったね」
「あ、ありがとう……」
「あんまり綺麗になっちゃうと、ナンパされまくって心配だな……」
その言葉に葉月はドキッとした。
「き、今日はたまたまよ。普段は声をかけられることなんて、ほとんどないし」
「それでも心配だよ。葉月には俺以外の男を見ないでほしい」
賢太郎が甘くとろけそうなボイスで囁くので、葉月はその場に崩れ落ちそうになる。
(ま、まずい……また身体中から力が抜けちゃう……)
葉月はなんとか体勢を立て直そうと、背筋を伸ばした。
その瞬間、唇に柔らかいものが触れた。
「んっっ……」
その感触は、賢太郎の唇だった。
気づくと、葉月は賢太郎の腕に抱き締められキスを受けていた。
静まり返ったリビングに、二人の唇が触れ合う音だけが響く。
(あぁっ……とろけそう……なんて心地いいの……)
葉月は賢太郎に身体を預けながら、心地良さに溺れそうになる。
その時、二階からパタンと物音がした。
その瞬間、二人はパッと離れる。
物音は、航太郎が二階のトイレに行った音だった。
葉月は思わずホッとする。賢太郎も同じ気持ちのようだ。
「ごめん……つい、我慢できなかった」
「ううん、突然で驚いただけ」
「航太郎は思春期だから、こういうのは細心の注意を払わないとね」
「え?」
「彼は俺たちのことを応援してくれているみたいだけど、母親が男とイチャイチャしているのは見たくないだろう?」
「たしかに……」
賢太郎がそこまで考えてくれているのだと知り、葉月は驚く。
「君との関係は大事にしたいから、慎重にしないとね」
賢太郎はそう言って、ソファーから立ち上がった。
「じゃ、そろそろ失礼するよ」
「あ、うん……」
葉月は玄関へ向かう賢太郎のあとをついていく。
途中、階段の下から航太郎に声をかけようとしたが、賢太郎がそれを制止した。
「忙しそうだから、呼ばなくていいよ」
「わかった」
「じゃあ、またね」
「あ、お土産、ありがとう」
「どういたしまして」
賢太郎は靴を履いたあと、葉月の方を振り向く。
そして、右手で葉月の髪を優しく撫でてから、玄関を出て行った。
ドアが静かに閉まると、葉月はその場にへたり込む。
(やばい……すっかり心を盗まれたかも……)
葉月は高鳴る胸の鼓動を抑えながら、指を唇に当てて賢太郎のキスの感触を思い返していた。
コメント
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名刺をここで捨ててくれないと安心出来ないよと甘えて言う賢太郎様 その後は甘く自分以外の男は見て欲しくないと囁きながらキスする賢太郎様 でも航太郎君の気持ちも考える賢太郎様 どれをとっても素敵すぎます💓 葉月ちゃんとのキスの相性も最高のようですし❤️ この後の展開が楽しみです😊 千尋さんのさりげない煽り方とその後の葉月ちゃんを思って賢太郎様へのお願い 葉月ちゃんお友達にも恵まれてますね
賢太郎ちゃま、ヤキモチの焼き方が、めちゃくちゃええわぁ(*´艸`*)💗💗💗
キャ─(*ᵒ̴̶̷͈᷄ᗨᵒ̴̶̷͈᷅)─🩷🤍💕💕 私もへにょへにょ〜🫠🫠🫠 何が起きたの????? 耳元で囁いた、髪を優しく撫でた、腰を引き寄せた、 興奮なんてもんじゃないわ〜!気の利いた言葉なんて見つからない!!! ニヤつきが止まらないの((*///Д///*))それだけ!!!今晩眠れないわ〜🤍