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#無理矢理
Akiha
2,323
放課後。
雨だった。
強くもない。
弱くもない。
中途半端な雨。
窓を打つ音が、教室のざわめきに混ざっていた。
帰るやつ。
残るやつ。
部活へ向かうやつ。
いつもの放課後。
遥は席に座ったまま動かない。
急ぐ理由がない。
帰りたい理由もない。
家も学校も、結局同じだから。
違うのは、逃げ場があるかどうかじゃない。
どちらにも逃げ場がないことだけだった。
鞄を閉じる。
立ち上がる。
その時。
「遥」
足が止まる。
日下部。
少し離れた場所。
近づきすぎない。
前ならもっと近くまで来ていた。
それを変えている。
遥にも分かる。
「……何」
「傘」
短い。
日下部の手。
一本。
黒い傘。
「いらない」
反射。
考えるより先に出る。
日下部は引っ込めない。
「今日、結構降るぞ」
「平気」
「平気じゃなくても」
言いかけて、止まる。
日下部自身が止めた。
遥は気づく。
最近の日下部は、途中で言葉を飲み込む。
昔より多い。
「……使え」
小さく言う。
「返さなくていい」
「いらない」
沈黙。
周りの人間は帰り始めている。
誰もこっちを見ていない。
だから余計に居心地が悪い。
「濡れるぞ」
「別に」
またその言葉。
日下部の目が少しだけ揺れる。
昔。
この言葉を何度聞いただろう。
「別に」
痛くない。
平気。
大丈夫。
何でもない。
全部、その言葉で終わっていた。
そして。
終わらなかった。
日下部は息を吐く。
怒っていない。
困っている。
それが分かる。
「……そうか」
傘を下ろす。
引く。
遥は胸の奥がざわつく。
(そうか、じゃねぇだろ)
そう思った瞬間、自分で固まる。
何だ、それ。
何を思った。
引けって思ってたくせに。
近づくなって。
余計なことするなって。
そう思ってた。
なのに。
引かれたら。
胸の奥が変に痛む。
(気持ち悪ぃ)
遥は目を逸らす。
「帰る」
「……ああ」
「じゃ」
「気をつけろ」
それだけ。
追ってこない。
止めない。
傘も押しつけない。
遥は教室を出る。
廊下。
階段。
昇降口。
外。
雨。
思ったより強い。
制服が濡れる。
髪も。
靴も。
冷たい。
でも。
それでいい。
そのはずだった。
校門を出る。
数十メートル。
信号。
赤。
止まる。
ふと。
後ろを見る。
無意識だった。
振り返る。
校門。
誰もいない。
当然。
日下部もいない。
追ってくるわけがない。
分かってる。
なのに。
その瞬間。
ほんの少しだけ。
呼吸が浅くなる。
(何やってんだ)
馬鹿みたいだ。
確認した。
自分から。
確認しないって決めたのに。
期待しないって。
前提にしないって。
何度も。
何度も。
言い聞かせてきたのに。
信号が青になる。
遥は歩き出す。
雨が強くなる。
視界が滲む。
前髪から雫が落ちる。
顔を上げる。
空は暗い。
最悪だ。
全部。
学校も。
家も。
自分も。
そして。
一番最悪なのは。
さっき。
教室で。
傘を引かれた瞬間。
少しだけ。
本当に少しだけ。
寂しいと思ってしまったことだった。
そんな資格ないのに。
そんなこと思うな。
思うな。
思うな。
頭の中で何度も繰り返す。
でも。
止まらない。
――誰かがいるか。
――いなくなるか。
――また離れるか。
そればかり考えている。
まるで。
物心つく前から、ずっとそうやって生きてきたみたいに。
いや。
実際そうだった。
だから。
分からない。
日下部を信じたいのか。
信じたくないのか。
近づきたいのか。
離れたいのか。
助けられたいのか。
放っておいてほしいのか。
全部。
分からない。
ただ一つ。
分かっていることがある。
もし。
もし本当に。
日下部がいなくなったら。
自分は。
きっと。
思っている以上に、壊れる。
それだけは。
考えたくなかった。
同じ頃。
教室。
窓際。
日下部はまだ帰っていなかった。
机の横。
黒い傘が一本。
置かれたまま。
雨の校庭を見ながら、小さく呟く。
「……また間違えたか」
答える人はいない。
そして。
日下部はまだ知らない。
遥が拒絶しているものと。
遥が失うことを恐れているものが。
同じ人間であることを。
まだ、知らなかった。
コメント
1件
ああ、もう……胸がぎゅっとなりました。遥の「別に」「平気」って言葉の裏にある、何年も積み重ねてきた諦めと自己防衛が痛いほど伝わってきました。特に「引かれたら胸の奥が変に痛む」って気づいて、自分で戸惑うところ、すごくリアルでした。日下部も「また間違えたか」って……お互い不器用すぎて、でもその不器用さがこの二人の関係の深さを物語ってる気がします。続きが気になります。