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その子は、最近よく遅刻する。遅刻しても、特に言い訳はしない。メイクが薄い日が増えて、ドレスのサイズも少し合っていない。


「昨日さ」


更衣室で、鏡を見ながら話しかけてくる。


「担当、店替えするかもなんだって」


声は明るい。でも、語尾が少し上ずっている。


「そうなんだ」


私は、それ以上の言葉を選ばない。


「でもさ、私がいるから大丈夫だと思う」


根拠はない。確信もない。ただ、そう信じていないと立っていられない感じ。


営業が始まって、フロアに出る。彼女はいつもより派手に笑っている。声も大きい。客の話を聞いていないわけじゃない。ただ、どこか急いでいる。


休憩中、トイレで会う。手を洗いながら、急に聞かれる。


「私さ、向いてるよね?」


確認するみたいな目。


「向いてると思うよ」


嘘じゃない。でも、それは今の話だ。


「だよね」


安心した顔をして、口紅を塗り直す。その手が、少し震えている。


席に戻る直前、スマホを見る。通知が何件も溜まっている。名前は、店の誰でもない。


「返さないの?」


私が聞くと、彼女は首を振った。


「返したら、終わる気がして」


終わるのが怖いのか、始まるのが怖いのか。どっちも混ざっている顔。


その夜、私の席にも、例の人が来た。静かに座って、いつも通りの距離。


「元気?」

「まあね」


それだけで、話は進む。店の外の話、仕事の話。恋愛の話は出ない。


でも、名前を呼ばれる回数が増えていることに気づく。源氏名じゃなくて、ちゃんとした呼び方。


「それ、嫌?」


聞かれて、少し間が空く。


「別に」


本当は、少しだけ嬉しい。


営業後、裏口で彼女が座り込んでいる。ヒールを脱いで、床を見ている。


「連絡、返さなきゃって思うんだけどさ」


独り言みたいに言う。


「返したら、また会いたくなるでしょ」


私は隣に立つだけで、答えない。


「私、ちゃんと好きなんだと思う」


その言葉が、重い。


帰り道、電車の窓に映る自分を見る。若い。思っていたより、ずっと。

誰かを好きになることも、誰かに名前を呼ばれることも、まだ特別な重さを持っている年齢だ。


彼女が崩れていくのを見ながら、自分がどこまで安全なのか分からなくなる。


恋愛は、まだ遠い話のはずだった。でも、もう足元まで来ている気がした。

営業終了後、恋は始まらない

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