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#読み切り
ruruha
656
ゆうまる
121
昼休み前。
まだ授業の余熱が残っている教室。
笑い声はある。
雑談もある。
でも、その中には最初から遥がいない。
いない、というより
最初から含まれていない。
「ねえ、プリント回して」
前の列から声が飛ぶ。
紙が後ろに流れていく。
一枚ずつ。
普通に。
遥の手前で止まる。
一瞬だけ、沈黙。
後ろのやつが手を伸ばして、
遥の机をまたいで取る。
「あ、いいよ。そこ置かなくて」
「うん」
誰も説明しない。
誰も謝らない。
ただ、
回さなくていいものとして処理される。
遥は手を机の上に置いたまま言う。
「……俺の分」
誰かが笑う。
「いる?」
「いや、別に」
「どうせ理解してないじゃん」
「配っても無駄」
「紙の無駄」
「森林伐採」
軽い笑い。
別のやつが言う。
「てかさ、なんで普通に話しかけてくんの?」
「え?」
「いや、その距離感」
「普通に“自分も同じ側”みたいな」
「それが無理なんだって」
教室の後ろで女子が小声で言う。
「いるだけで空気変わるよね」
「わかる」
「なんか、冷える」
「匂いとかじゃないのに」
「存在?」
笑い。
遥は机の角を見ながら言う。
「……別に、何もしてない」
すぐ返る。
「してないのが無理」
「そうそう」
「“何もしないのにいる”って一番きつい」
「なんか、見てて不快」
「わかるわ」
「てかさ」
誰かが言う。
「嫌いっていうか、
無理なんだよな」
「うん」
「説明できないけど無理」
「生理的に無理ってやつ」
「存在が合わない」
誰かがわざとらしく机を拭く。
「触った?」
「いや」
「一応ね」
「気分の問題」
「わかる」
笑い。
遥は小さく言う。
「……そこまで?」
一瞬だけ沈黙。
でもすぐに返る。
「うん」
「そこまで」
「むしろ今まで言わなかっただけ優しい」
「普通もっと早く言われてるよ」
「うちら優しいよな」
「かなり」
「嫌いって言われたことある?」
誰かが聞く。
「ある」
「で、なんでここにいるの?」
「普通さ、
嫌われてるって分かったら
ちょっとは距離取るじゃん」
「取らないんだよ」
「それが怖い」
「鈍いのか図太いのか」
女子の一人が言う。
「さ、今日さ、席替えあるじゃん」
「うん」
「隣になったら最悪」
「なったらどうする?」
「机ずらす」
「それでいいよ」
「公認でいい?」
「いいよ」
「誰も文句言わないでしょ」
遥は言う。
「……そんなに?」
誰かがため息混じりに返す。
「まだ分かんないの?」
「ほんとに?」
「自分がどれだけ嫌われてるか」
「ここまで言われて」
「普通気づくって」
「別にさ」
一人が少し笑って言う。
「殴りたいとかじゃないんだよ」
「うん」
「ただ」
「近くにいたくない」
「同じ空間にいると疲れる」
「それだけ」
「それが一番きついんだけどな」
誰かが小さく言う。
チャイムが鳴る。
教師が入ってくる。
「席替えするぞー」
ざわめき。
でも、そのざわめきの中で
遥の名前だけが最初から候補外。
「ここは空けといて」
「うん」
「そこ座らないで」
「了解」
何の相談もなく、
自然に決まっていく。
遥は立ったまま言う。
「……どこ座ればいい」
教室の何人かが笑う。
「ほら」
「そういうとこ」
「自分で決めろよ」
「てかさ」
「どこでも一緒じゃん」
「どこ座っても浮くんだから」
誰かがぼそっと言う。
「ほんと、なんでいるんだろ」
小さな声。
でも、全員が聞こえる距離。
誰も咎めない。
誰も止めない。
むしろ、
“それが正直な意見”として共有される。
遥はやっと椅子を動かす。
一番後ろ。
壁際。
誰とも隣にならない位置。
そこに座る。
誰かが言う。
「そこなら大丈夫」
「うん」
「被害少ない」
「視界に入りづらい」
「助かる」
遥は前を見たまま言う。
「……ごめん」
その言葉に、
教室が一瞬だけ静かになる。
でもすぐ、
「ほら」
「そういうの」
「今さら」
「遅いんだよ」
「謝ればいいと思ってる」
「それがもう無理」
笑いが戻る。
この日から、
遥は嫌われている存在じゃない。
もっとはっきりしたものになる。
“嫌われて当然の存在”
として、
クラス全体の中で固定された。
コメント
1件
うわ…読んでて胸がぎゅってなりました。「回さなくていいものとして処理される」って一文がもう、距離じゃなくて存在そのものを消されてる感じがして。特に「ごめん」って言った後の「今さら」「遅いんだよ」の返しが、受け入れてもらえない諦めを固定化してて辛かったです。日常会話の積み重ねだけでここまで空気を描けるの、本当にすごいなと思いました。