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その日の帰り道、梨花は今村に電話をかけていた。
あの日、家まで送ってもらった勢いのまま、出会ったばかりの今村をマンションへ招き入れ、めくるめくような熱い一夜を過ごした。
しかし、それ以来、今村からの連絡は一度もない。
自分から男性に恋心を抱くことなどほとんどなかった梨花にとって、これは初めての恋なのかもしれない。
その影響は大きく、沙夜への嫌がらせすら忘れてしまうほどだった。
これまでにも、梨花は大企業に勤めるエリート社員と何度か付き合ったことがある。
だが、その中でも今村は群を抜いていた。
あふれ出る知性、さりげない気遣い、落ち着いた物腰、包み込むような優しさ――どれを取っても、彼に肩を並べる男性はいなかった。
連絡がないのも、きっとこちらの出方をうかがっているのだろう。
プライドの高いエリートなら、そうした駆け引きをすることはよくある。
有能な男ほど、女性に知性や余裕を求める。
だから梨花は、他の女が見せるような焦りや媚びた態度は見せまいと、連絡を控えていた。
しかし――あまりにも連絡が来ない。
そろそろ、しびれを切らしはじめていた。
呼び出し音は虚しく響き、やがて留守番電話に切り替わる。
梨花は仕方なく、甘い声でメッセージを吹き込んだ。
「今度の土日のどちらか、会えませんか? 連絡待ってます」
電話を切ると、ふうっとため息が漏れる。
今村と親しくなってからというもの、梨花は毎日彼のことばかり考えていた。
もちろん、三国怜央の存在など、頭からすっかり消えていた。
(もうっ、わざとじらしてるんでしょう? ふふっ……いいわ。そのうち立場を逆転させてあげるから)
気を取り直して歩き出したそのとき、携帯が鳴った。
今村からだと思い、慌てて電話に出る。
しかし、声の主は三国怜央だった。
「何か用?」
「ばっ……バレたんだ」
「バレた? 何がよ」
「だ、だから……俺たちが西園寺夫妻を陥れようとしたことだよ」
梨花は驚いて足を止めた。
「私は関係ないわよ。何もしてないもの」
「なんだよ、いまさらしらばっくれるつもりか! でも、もう遅いぞ、全部知られてるからな」
「誰が何を知ってるっていうのよ」
「西園寺司だよ。俺たちの企みは、やつに全部知られてたんだ」
梨花は衝撃で言葉を失った。
胸の奥がざわつく。
(彼から連絡が来ないのは……まさか……)
怜央は続けた。
「西園寺司は怒っている。俺たちの一部始終を調べて追い落とそうとしてる。ラブホテルに行ったのも全部バレてる。お前も興信所に調べられてるはずだ」
その瞬間、梨花は敗北を悟った。
今村が近づいてきたのは、西園寺司を守るため――
あるいは司の命令で、最初から自分を監視していたのだ。
あの日、書斎に現れたタイミングの良さも、すべて仕組まれていたのだろう。
「ふっ……ふふふ……あはははは」
突然笑い出した梨花に、怜央が声を荒げた。
「おいっ、どうしたんだよ! しっかりしろ!」
「あはははは!」
梨花は笑いが止まらなかった。
一般庶民の自分が、大財閥の御曹司や令嬢に敵うはずがない――
その現実に、ようやく気づいたのだ。
怜央の必死の声に、梨花はようやく応じた。
「あははは……ばっかみたい。沙夜先輩を困らせるためにあんたなんかと寝たのも、全部無駄だったってことでしょ?」
怜央はショックを受けたように言った。
「な……なんだとお! お前が俺と寝たのは、そういうつもりだったのか?」
「当たり前じゃない。私が求めてるのは、しっかりした後ろ盾を持った男よ。あんたみたいに平凡な男なんか、最初から興味ないの。それにね、私みたいに普通の女がのし上がるには、大きな力を持ったバックが必要なのよ。あぁ、こんなことなら、水商売でもして社長の愛人にでもなった方がましだったかも……」
吐き捨てるように言うと、梨花は怜央との電話を切った。
そして、もう一度今村に電話をかける。
自分の予想が外れていることを――どうしても確かめてみたかったのだ。
しかし、先ほどまで呼び出し音が鳴っていたはずの電話には、突如として無機質な音声が流れ始めた。
“おかけになったこの電話は、現在使われておりません”
その抑揚のないアナウンスを聞いた瞬間、梨花は静かに電話を切った。
――やはり、予想は当たっていた。
瞳に涙が滲む。
そして、ふっと笑いが漏れ、次第にそれは止まらなくなった。
「ふふふふ……あははは」
歩道の真ん中で泣き笑いする梨花を、通行人たちは怪訝そうに振り返った。
しかし梨花は、見られていることなど気にも留めず、ただその場に立ち尽くし、いつまでも笑い続けていた。
数週間後、沙夜は秘書室の先輩・宇佐美から、梨花が急に退職したと知らされる。
先日の異動で、梨花は故郷の田舎町にある出張所への転勤が決まっていたが、その異動に不満を抱き、自ら退職したという。
本店秘書室の女子社員が僻地の出張所へ飛ばされるのは異例のことだ。
秘書しか経験のない梨花が、接客や商品知識をいちから学び直し、年下の社員から指導を受ける――彼女にとっては屈辱でしかない。
沙夜は驚いて宇佐美に尋ねた。
「じゃあ、まだ東京のどこかにいるのかしら?」
「夜の街で見かけたという噂もありますが、本当かどうか……」
「そう……。知らせてくれてありがとうございます」
宇佐美との電話を切ると、沙夜は窓辺へ歩み寄り、夕暮れの街並みを眺めた。
梨花に連絡するつもりはなかった。
あの日、書斎で何があったのか、司からすべてを聞き、録画も見せてもらっていた。
だが、司の計画に今村が協力していたことまでは知らなかった。
それは、沙夜への配慮だったのだろう。
かつて可愛がっていた後輩のなれの果てを思いながら、沙夜は静かに呟いた。
「梨花ちゃんが、まっとうな道に戻ってくれることを願うしかないわ……」
ふうっとため息をついたそのとき、寝室から彗の泣き声が聞こえてきた。
沙夜は表情を和らげ、愛しい我が子のもとへ向かった。
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コメント
20件
梨花のプライドの高いのには呆れますね😮💨今村さんの罠とも知らずに恋心を抱いて…自分からの電話も無視されて 三国との今までの悪事も司さんからの 報告でバレて…結局仕事も辞めて、真っ当な道には戻れないのでしょうね😓 それでも沙夜ちゃんは梨花を心配して 優しいです😭でも…もうヤメましょう 沙夜ちゃんは司さんと彗君と三人の幸せを描いて欲しいと願っています🥲🫶🍀
今村さん、悪い男( -᷄ ᴗ -᷅ )フフ 梨花、初めての本気の恋がこの結末とは…(´-ω-`)チーン 優しい沙夜ちゃんは梨花の心配をしてるけど…私はまだ変われる気がしないな💦 自分のしたことは返ってくる、自業自得だね😮💨
今村さん、マンションにお邪魔したのね😅 今村さんにとってはめくるめく熱い一夜だったのかな?😆 まぁまっとうな道には進めませんね