コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
その夜、真白は浅い眠りの中を漂っていた。
時計の針の音も、窓を叩く風の音も、遠くに霞んでいく。
瞼の裏に広がったのは、見覚えのある光――霧に包まれた白い庭。
柔らかな花びらが空気に溶け、光が粒になって漂っている。
足元には、水面のように透きとおる石畳。
風が吹くたび、どこかで誰かの笑い声がした。
「……ここは……」
声に出した瞬間、真白は理解した。
――夢の中だ。いつもの、あの場所。
けれど、今夜は何かが違っていた。
誰かの気配がすぐそばにある。
振り返ると、そこに立っていたのはアレクシスだった。
金の髪が風に揺れ、微笑が浮かぶ。
現実と同じ姿なのに、どこか違う。
その背に、淡く金色の羽のような光が揺れていた。
「やっぱり……ここで、君に会えると思ってた」
アレクシスの声は、遠くの鐘の音のように響いた。
真白は言葉を失ったまま、彼を見つめた。
夢の中で会うことが、どうしてこんなにも“自然”なのだろう。
まるで、ずっと前から何度も繰り返してきた儀式のように。
「……この場所、知ってるの?」
「うん。俺の世界では、“約束の庭”って呼ばれてた」
「約束……」
アレクシスは頷く。
「ここで、君と約束したんだ。“また会おう”って」
真白の胸の奥が疼いた。
その言葉を、確かに聞いた気がした。
過去のどこかで、誰かが、同じ言葉を囁いた記憶が蘇る。
「でも、どうして僕がその夢を……?」
「君の魂が覚えてるんだよ」
アレクシスの瞳がやさしく光る。
「俺たちは、いくつもの世界を越えても、同じ約束を繰り返してる。
“また会おう”って言葉だけを手がかりに」
風が吹く。花びらが二人の間を舞い、白い霧が淡く揺れる。
真白はその光景に息を呑んだ。
美しくて、どこか痛い――懐かしさに似た感情が胸に広がる。
「……君は、本当に僕を知っているの?」
「知ってるよ。君の笑い方も、泣くときの顔も」
アレクシスは静かに手を伸ばした。
指先が真白の頬をなぞる。
触れた瞬間、光が弾けた。
目の前の景色が一瞬にして変わる。
暗い夜、炎の匂い。
剣を交える音。
血の匂いと、風の冷たさ。
――そして、自分を庇って倒れる金髪の青年。
「アレク……!」
真白が叫んだとき、視界が崩れた。
次の瞬間、彼はベッドの上で息を呑んでいた。
胸が痛い。まるで心臓に直接触れられたような痛み。
夢なのに、感覚があまりにも鮮明だった。
隣の部屋から物音がして、真白は顔を上げた。
アレクシスが、同じように荒い呼吸をして目を覚ましている。
額には汗がにじみ、青い瞳が揺れていた。
「君も……見たの?」
「……うん。君が俺を、呼んでた」
互いに視線を交わす。
言葉にしなくても、わかってしまう。
二人が“同じ夢”を見たのだと。
夜明け前の静寂の中、雨上がりの光が窓の外に滲む。
世界の境界が溶けるように、二人の呼吸が重なった。
「ねえ、真白」
「なに?」
「君の世界に来て、ようやく……少し、帰れた気がする」
その言葉に、真白は何も返せなかった。
胸の奥で、痛みと安堵が混ざったような鼓動が鳴っていた。
夢と現実のあいだで、
失われた記憶のかけらが、ゆっくりと形を取り始めていた。