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放課後の教室。机は再び中央に集められ、輪が形づくられる。中央に立たされたのは、遥と日下部だった。昨日黒板に書かれた文字――「友情と裏切り」――がそのまま残されている。
教師がゆっくり前に出て、手を叩いた。
「さて。昨日は“経験談”で楽しませてもらった。今日は予定通り、こいつでいくぞ」
指で黒板を示す。
「友情と裏切り。……いいテーマだろ?」
教室にざわりと笑い声が走る。遥の手が震える。隣の日下部は唇を噛みしめ、眉間に深い皺を寄せていた。
「ルールは簡単だ」
教師の声は淡々としていて、それが逆に耳に刺さった。
「どちらか一人が“裏切り”を選ぶ。選ばれたほうが今日の遊びを受ける。もう一人は“友情”を守ったご褒美に解放してやろう」
「ふざけんな……」
日下部が低く唸る。
しかし教師は意に介さず続ける。
「さぁ、どっちが選ぶ? 遥か? 日下部か?」
「俺は……!」
遥が声を上げかけるが、すぐに教師が遮る。
「待て。お前らの答えを聞く前に――先日の“確認”をもう一度しようか。遥、お前は“なんでもする”と頭を下げたよな?」
遥の胸がひゅっと縮む。机の輪から失笑が漏れる。
「そうだよな、遥。あの時の必死の顔、忘れられない。涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、“殺してからにしてくれ”だっけ?」
「うわー、かっこつけてたよな」
「でも結局、日下部もここに並んでるじゃん」
「――つまりだ」
教師が一歩近づく。
「お前の自己犠牲なんて、何の効力もなかった。むしろ逆効果。だから今日は日下部にも“選ばせる”」
日下部は息を荒くした。
「……こんな茶番、答える気はねぇ」
「おや? 格好つけるな。拒否すれば――二人まとめてやるだけだ」
輪の中がざわめく。
「両方ってのもアリだな」
「友情も裏切りもなし、二人で仲良く地獄ってやつ?」
笑い声が弾ける。
遥は必死に日下部を見た。
(俺が……選べばいい。俺だけが汚れれば、それで――)
だが喉が塞がり、声が出ない。
教師の目が冷ややかに光る。
「ほう、決められないか。なら俺が指名してやろう。……日下部、お前が先だ」
「っ……」
一斉に注がれる視線。
「友情を守るか? それとも裏切るか? さあ言え」
沈黙。日下部は拳を握りしめる。遥は心臓が張り裂けそうになるのを感じながら、声にならない願いを胸で叫ぶ。
(やめろ、日下部。選ぶな……! 俺を庇おうとするな……!)
「……っ……」
日下部は歯を食いしばる。
だが背中を押すように、教師の声が重なる。
「黙っていると、二人まとめて、だぞ」
その瞬間、遥が叫んだ。
「俺がやる! 裏切りは俺が選ぶ!」
輪がどよめき、爆笑が起こった。
「出た! 自己犠牲ヒーロー!」
「ほんとブレねぇな」
「裏切るって言ったのに、結局日下部守ってんじゃん!」
遥は唇を噛み、膝を折るように頭を垂れた。
「……日下部を……やめてくれ。俺だけでいい」
教師は満足げに頷いた。
「よし。なら今日は“遥の裏切り”として処理する」
「でもさぁ先生、裏切りっていうより“忠犬プレイ”じゃん?」
「裏切り度ゼロだろこれ」
笑いの渦。
「安心しろ。裏切りの証拠なら、俺たちで作ってやるさ」
誰かが遥の肩を押さえ、机に押し倒す。
「裏切りってのはな――“友達を売ること”だ。お前の口から、日下部の恥ずかしいこと全部バラしてもらう」
遥は顔を上げられない。
「……やめろ……っ」
「やめろじゃねえ。“友情”を守りたいんだろ? なら、裏切りの代償払えよ」
――黒板の文字が、蛍光灯に照らされ白く滲んで見えた。
「友情と裏切り」。
そのどちらを選んでも、二人を待つのはただ同じ地獄だけだった。