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夜風が冷たい。遥はまた駅前の繁華街をうろついていた。制服のまま、誰にも会わないことを祈りながら。
ポケットに突っ込んだ手の中で、小銭がしゃらしゃらと鳴る。
路地裏には、不良たちがたむろしている。昨日顔を出した連中と同じだった。
「あれ、また来たのか。懲りねえな」
笑い声に混じって、缶ビールが差し出される。
遥はためらわずに受け取った。苦い液体を喉に流し込み、咳き込みながらも笑ってみせる。
「ほらな、似合うだろ。俺」
彼らは面白がってタバコを回し、殴る真似をして肩を小突く。
痛みはご褒美みたいだった。
守られないことを、またひとつ証明できた。
「どうせ誰も、俺なんか――」
口の中で転がした言葉は、声にならなかった。
そのとき、不意に背中が凍るような気配を覚えた。
振り返ると、少し離れた場所に日下部が立っていた。
街灯の下、制服姿のまま。
目が合った。
時間が止まったようだった。
遥の手に握られた缶。煙草の匂い。笑いながら肩を組んでくる不良たち。
その光景を、全部見られた。
「……っ」
遥は思わず、ビール缶を放り捨てた。
心臓が乱暴に暴れる。
「違う……違うんだ」
震える声が漏れる。だが何が違うのか、遥自身にもわからない。
不良たちがニヤニヤと日下部を見やる。
「彼氏か? いい彼氏持ったじゃん」
挑発めいた声に、遥は血の気が引いた。
「黙れ!」
怒鳴った瞬間、肩を強く突かれて地面に尻もちをつく。
笑い声が響く。
日下部が駆け寄ろうとするのを、遥は見た。
駄目だ。来るな。見られるな。
「来んな!」
喉が裂けそうに叫んでいた。
涙がにじむ。
「おまえに……こんなとこ見られたくなかった……っ」
けれど、日下部は立ち止まらない。
乱暴に不良たちを押しのけて、遥の腕を掴んだ。
その手の熱に、遥は逆に突き飛ばすように叫んだ。
「俺なんか、守る価値ねえんだよ! 放っとけ!」
声が震えていた。
守られないことを証明したかったのに、見つけられた。
壊したかったのに、掴まれた。
矛盾が胸を裂いた。
「……なんで来るんだよ」
かすれた声で、遥は問うた。
「俺が、必死で汚くしてんのに……どうして」
日下部は答えなかった。ただ、遥の手を離さなかった。
その沈黙が、言葉よりも痛かった。
遥の目から、涙が零れ落ちた。
「……やめろよ……もう、証明できねえじゃんか……」