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夕方の街は、昼間よりも音が丸くなる。
仕事終わりの人の足音、店先から漏れる音楽、焼き菓子の甘い匂い。
「……人、多いな」
真白がぽつりと言う。声は低すぎず高すぎず、淡々としているけれど、どこか気を許した響きがある。
「金曜だしね。お疲れさま」
アレクシスはそう言って、自然に歩調を真白に合わせた。急がせもしないし、引っ張りもしない。隣に並ぶ、という選択を当たり前みたいにする。
「今日は寄り道する?」
「ん。してもいい」
「即答だ」
くすっと笑うと、真白は少しだけ視線を逸らした。
「……最近、帰るの早すぎると落ち着かない」
「それ、俺が聞いていいやつ?」
「もう言った」
アレクシスは何も言わずに、少しだけ笑みを深くした。
二人は商店街の端にある、小さな雑貨屋に入る。
木の棚に、よく分からない置物や、使い道を考えさせる小物がぎゅうぎゅうに並んでいる。
「これ、何に使うんだろ」
真白が手に取ったのは、やたら曲がった形の金属製フック。
「芸術、かな」
「便利さを放棄してる感じがすごい」
「真白、そういうの嫌いそう」
「嫌いじゃない。ただ、覚悟がいる」
「覚悟?」
「これを買った自分を、肯定し続けなきゃいけない」
アレクシスは吹き出した。
「何その重たい買い物」
「生活に入り込む物は、意外と根性試される」
真白はフックを棚に戻して、今度はガラスの小瓶を覗き込む。
中に入っているのは、色とりどりの紙片。
「……これ、綺麗だな」
「メモ用紙らしいよ。色ごとに意味があるって」
「意味?」
「赤は感謝、青は考え事、黄色は今日あったいいこと」
「分類が優しい」
真白はしばらく迷ってから、黄色の瓶を手に取った。
「これにする」
「即決じゃん」
「今日、いいことあった」
「何?」
真白は一瞬だけ間を置いた。
「……仕事終わって、アレクシスと歩いてる」
アレクシスは返事をしなかった。
代わりに、そっと会計に向かって、瓶と一緒に小さな袋を差し出す。
「じゃあ俺は、青にしようかな」
「考え事?」
「うん。今の考え事は――」
会計を済ませて、店を出る。
夕焼けが少し濃くなっていた。
「――どうやって、この時間を長くするか」
真白は一瞬だけ立ち止まって、
それから、ほんの少しだけ歩幅を縮めた。
「……寄り道、増えるな」
「増やそう。俺は賛成」
二人はまた並んで歩き出す。
目的地は特にない。ただ、帰るまでの時間が、少し伸びただけ。
それが、今はちょうどよかった。