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夜。誰もいない公園のベンチ。街灯の下、遥は日下部の横に座っていた。コンビニ袋に買ったままのアイスが入っている。けれど、もう溶けているかもしれなかった。
沈黙が流れる。
風が吹くたび、遥の髪がふわりと揺れる。その毛先に、日下部がふと手を伸ばしかけたが——遥は小さく肩をすくめた。
「……ごめん」
日下部がそう呟くと、遥は苦笑した。
「……触るな、って言ってねーよ」
そう言う声にトゲはない。でも、どこか遠い。
遥は視線を前に向けたまま、ぽつりと呟く。
「……わかんなくなってきた。何が普通で、何がオレで、何が“おかしい”のか」
「今までは、あれが“愛される方法”だったんだ。使われることで、側に置いてもらえるなら、それで……それしか、なかったから」
日下部は黙って、横顔を見つめていた。
「触られるのが、当然だった。断ったら捨てられる。痛くても、怖くても、されるのが当たり前で……そうじゃないと、自分がここにいられないって……」
遥の声が震える。
「でも、日下部は、何もしない。オレが誘っても、止める。……怒ってもこない。……優しくされんの、意味わかんねぇよ……」
そう言って、遥はぽつりと、頭を日下部の肩に預けた。
「……気持ち悪いよな、オレ。全部試してんだ。おまえがどこまで拒まないか。どこまで俺を、ちゃんと“見てる”のかって。……全部、試してんだ」
「……ごめんな」
日下部はすぐに返さない。ただ静かに、肩を貸したまま、遥の頭を支えている。
「おまえが触るの、……ほんとは怖い。優しすぎて。壊れそうになるから」
「でも……もう、壊れかけてんのかもしんねぇ」
そう言った遥の声は、あまりにも静かで、壊れ物みたいに弱かった。
そしてそのあと、小さく、まるで喉の奥から絞り出すように——
「……たすけて、なんて言わねぇけど……見捨てないでくれよ」
日下部は答えない。けれど、その沈黙は拒絶ではなかった。
遥はようやく、深く息をついた。けれど涙は落とさない。ただ、崩れる音だけが夜の静けさに響いた。