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ドアが静かに開き、生徒が肩を丸めて入ってきた。
「……ちょっと話を聞いてほしくて」
蓮司はペンを指でくるくる回しながら、軽く頷いた。
「座って」
生徒は椅子に深く腰を下ろし、視線を床に落とす。
「最近、自分が全部ダメに思えて……
何をやっても、どうせうまくいかないんじゃないかって」
「全部ダメって、思っちゃうんだな」
蓮司は肩をすくめて、少し笑った。
「俺もたまにそうなる。特に、寝不足とか小さなミスを重ねた日は最悪」
「でも、みんなは普通にやってるのに、私は……」
声が小さくなった。
「比較はしない方が楽だと思うけど、頭はどうしても比べちゃうんだよな」
蓮司はペンを机に置き、肘をついて生徒を見つめる。
「でも、全部自分を否定する必要はない。失敗も、できなかったことも、お前の一部でしかない」
生徒は小さく息を吐き、指先で机を撫でる。
「……でも、そう思えないんです。自己嫌悪が、頭の中でずっと繰り返されて」
「わかる。頭の中の声って、勝手に増えるんだよな」
蓮司は軽く笑いながら、少し肩をすくめた。
「そんなときは、声を全部無理に消そうとしなくていい。
その声を認めつつ、ひとつだけ『これは違う』って思えるやつを見つければ十分」
「ひとつだけ……」
生徒の声が少し震えた。
「たとえば、今日ここに来て話せたこととか。
失敗や嫌な気持ちはあっても、ここに座ったお前は行動してる」
小さな沈黙が流れる。窓の外から柔らかい光が差し込む。
生徒は少しだけ視線を上げ、微かに笑ったような気配を見せた。
「……行動、ですね」
蓮司はにやりと笑った。
「そう。頭の中の自己嫌悪に全部負ける必要はない。
やれることは小さくても、ちゃんと積み重なるんだ」
生徒は肩の力を抜き、椅子の背にもたれた。
「……少し、気持ちが軽くなったかも」
蓮司は何も言わず、ペンを回し続ける。
部屋には、強制的な励ましではなく、寄り添いだけが漂っていた。