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椅子のきしむ音がやけに大きく響いた。 座った彼女は、机を見つめたまま声を絞り出す。


「……消えたいんです」


唐突すぎる言葉に、蓮司は眉ひとつ動かさずガムを噛んだ。


「消えるって、便利な言葉だよな。死にたいって言うより柔らかい」


少女の肩が小さく震えた。


「……はい。死にたいんだと思います。でも、死ぬのは怖い。でも、生きてるのも苦しい。だから……消えたいって」


「なるほどな。じゃあ確認するけどさ――お前は“死にたい”んじゃなくて“このままの自分で生きるのが嫌”なんだろ」


言葉を突き刺すように。

彼女は唇を噛んで、涙をにじませる。


「……そう、かもしれません」


「だったら簡単だ。死ぬんじゃなくて、今のお前を殺せばいい」


「……え?」


「人格ごと切り替えろって話だ。嫌いな自分をそのまま抱えて、毎日苦しんでるほうがよっぽど地獄だろ」


蓮司は椅子の背にもたれ、空を見上げるように言った。


「人間なんてな、何回でも“別の自分”を始められる。名前も、髪型も、口癖も、ぜんぶ変えちまえば――昨日までの自分なんて、実質死んだのと同じだ」


少女は息を呑んだ。


「……そんなこと、していいんですか」


「いいに決まってんだろ。だいたい“自分らしく”なんて言葉に縛られて死にたくなるくらいなら、自分なんか何百回でも使い捨てにしろ」


沈黙が落ちる。

やがて少女の頬を、一筋の涙が伝った。


「……生きてもいいんですか」


「おう。どうせ死ぬのは最後に一回きりだ。その前にいくらでも別人になれる。死ぬ練習なら、そっちで十分だろ」


少女は震えながらも、小さく笑った。


「……なんか、ちょっとだけ、呼吸が楽になった気がします」


立ち上がる背中を見送りながら、蓮司は独り言のように呟いた。


「……“消えたい”って言うやつほど、本当はしぶとく生き残るんだよな」

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