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サプライズの熱気が少しずつ落ち着き、部屋には甘いケーキの香りと、紙吹雪がまだ宙を漂う名残のきらめきが残っていた。
萌絵と涼は洗い物を片づけながら、ひそひそ声で楽しげに笑い合う。柊はソファに深く腰を沈め、満足げにあくびをひとつ。
 隼人は、窓際に立って暮れゆく空を眺めていた。
橙から群青へと移ろう空が、心の奥の決意を静かに後押しするようだった。
 ――いましかない。
 心臓の鼓動が耳の奥で重く響く。
 大地が空いたカップを片づけようと立ち上がった時、隼人は思わず声をかけていた。
 「大地」
 「ん?」
 「ちょっと、外行かない?」
 大地は首をかしげつつも、屈託のない笑みで「いいよ」と答える。
その無邪気さに、胸の奥がひりつくほど愛おしい。
 二人で玄関を出ると、夕風が頬をかすめた。
町は夕暮れの色に染まり、遠くで電車が低い音を立てて通り過ぎていく。
 並んで歩き始めても、隼人の喉は乾いたまま言葉を探せずにいた。
足音だけが静かな路地にこだまする。
 大地が横顔を覗き込み、「どうした?」と優しい声をかけてくる。
その声が背中を押した。
 ――言わなきゃ。
 隼人は立ち止まり、深く息を吸った。
夕暮れの風が二人の間を抜ける。
 「大地」
 自分でも驚くほど真っ直ぐな声が出た。
 「お前が……好きだ」
 その言葉が空気を震わせ、世界が一瞬止まったように感じた。
胸が焼けるように熱い。
自分の鼓動だけがやけに大きく聞こえる。
 大地は一瞬目を瞬かせた後、ふっと微笑んだ。
驚きではなく、まるで最初から知っていたかのような、穏やかな笑みだった。
 「……オレも、隼人が大好きだ」
 その答えを聞いた瞬間、隼人は肺の奥から大きく息を吐いた。
肩の力が抜け、視界がじんわりと滲む。
目の奥が熱く、言葉にならない。
 大地がにやりと笑って、少し照れた声で続ける。
 「最高の誕生日プレゼントだな」
 隼人も笑いながら、そっと大地の手を握った。
指先から温もりが伝わる。
その温かさが、これまでの迷いやためらいをすべて溶かしていく。
 家の窓辺では、こっそり覗いていた萌絵と涼が小さくハイタッチを交わしていた。
柊はソファで寝転びながら、「やっとか」と小さくつぶやく。
 夕空はすっかり群青に染まり、最初の星が瞬いている。
隼人と大地は肩を並べ、ゆっくりと歩き出した。
その背中を、淡い街灯の光がやさしく照らしていた。
 ――プレゼントは、言葉。
 何よりも確かで、これからを紡ぐ二人の始まりだった。