テラーノベル
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午後の空気は少し熱を帯び、コンビニの前で遥は足を止めた。日差しの下、背後から小さな声が聞こえる。
「お兄ちゃんのクラスの人だよね?」
振り向くと、背の低い少年――結城の弟が、袋を手に笑いかけていた。目は輝いていて、言葉に年下らしい素直さがあった。
「う、うん……そうだね」
遥は短く答える。声を落とし、視線を少し逸らす。
弟は気にせず前に一歩出る。
「この前の学校説明会で、すごく助けてもらったんだ!ありがとう!」
その瞬間、遥の頭をよぎるのは結城の顔。弟の言葉が無邪気で純粋なだけに、結城がこの場にいたら――と思うと、胸の奥がひりついた。
「そ、それは……別に、たいしたことじゃ……」
声は震える。言葉がどこか強張る。
弟は首をかしげ、袋からアイスを取り出して差し出す。
「ううん!本当に助かったんだよ!僕、覚えてるもん!」
その純粋さが、遥の心を押し潰す。結城がこの弟に見せた顔、結城が遥をどう扱っているか――その記憶が、弟の無邪気さと対照的に刺さる。
遥はぎこちなくアイスを受け取り、無言で微かに笑う。
外から見ればただのやり取りに見える。しかし、遥の胸の奥はざわめき、結城の影が消えることはなかった。
弟はアイスを片手に、無邪気に笑いながら近づいてきた。
「ねぇ、今日は学校どうだった?」
遥は目を伏せ、肩をすくめる。
「別に……」
言葉は弱く、息も詰まりそうだった。心の奥では、結城が遥を嘲り、笑い者にしている光景が生々しく浮かんでいる。
弟の口から続く言葉は純粋で、無垢で、しかしそれが遥の胸をえぐる。
「でも、僕、学校でがんばってたって聞いたよ。絶対すごいことしてたんだろうなって思った」
それは褒め言葉なのに、遥には重くのしかかる。
結城がいないはずなのに、弟の無邪気な信頼を結城の軽蔑と比較してしまう。
――『お前なんて、たいしてできないくせに』
――『みんなの前でバカみたいにしてたんだろ』
言葉にならない痛みが、胸の奥で鈍く響く。
「……そんなことないよ」
か細い声が漏れる。目の前の弟は、笑顔を崩さず真剣にうなずく。
「うん、でも僕はそう思うよ!」
遥の体温は下がったように感じる。目の奥がじわじわと熱くなるのは、涙ではなく、結城の存在を意識することによる心の痛みだった。
褒められた瞬間に湧く僅かな安堵は、結城の影で瞬く間に掻き消される。
「……ありがとう」
小さく、震える声。
弟の笑顔は変わらない。さらに遥の心を押し潰すように、その純粋さが残酷に響く。
「うん、やっぱり、いい人だね!」
その言葉が遥の胸に刺さる。自分は“いい人”なんかじゃない——。
結城が見たら笑いながら踏みつけるだろうと、容易に想像できる。
遥の息は浅く、手はわずかに震え、目の奥には絶望の影がちらつく。
弟は嬉しそうにアイスを口に運び、無邪気に去っていく。
その背中を見送る遥の心は、空っぽのまま、結城の影だけが冷たく残る。
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