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教室の空気は、いつものように歪んだ祭りの熱で満ちていた。黒板に大きく書かれた今日のテーマは「過去」。

誰が書いたのかもわからないメモ用紙が次々と回され、その質問に答えるのが遥の役目になっていた。否、役目というより、強制だ。


「なあ……“一番最初に触られたの、誰?”」


紙を読み上げた男子がにやりと笑う。クラスに一瞬の静寂が落ち、それから小さな笑いが波のように広がっていく。遥は机の端を掴んで、爪が食い込むのも感じなかった。


「……」


答えない。それだけで背後から声が飛んだ。


「おい、黙ってんじゃねぇよ。日下部、どうなると思う?」


その名を出されるだけで、背中が痙攣する。今、日下部は別室に呼ばれている。ここにいないからこそ、彼を盾にされたときの逃げ道が消える。


「……姉……だった」


唇の内側を噛みながら、かろうじて絞り出した。


「へぇ、姉? どっちだよ、沙耶香? 玲央菜?」


「……沙耶香」


その名を言った瞬間、教室に爆発のような笑い声が広がった。机を叩く音、椅子を蹴る音、誰かが「マジで?」「エグっ!」と声を張り上げる。


「で? どんな感じだったの? 言えよ、細かく。でなきゃ加点なしな」


遥は呼吸が乱れる。吐き気のような記憶が喉をせり上げる。


「……夜、部屋に呼ばれて……布団の上で……身体を……」


「は? もっとだろ? ただ寝ただけ? 嘘つくなよ、点数下げるぞ」


「……舐めろって……言われて。泣いたら……笑って……」


その言葉に、女子の一人が甲高い声で笑い、「きもーい!」「姉に舐めさせられるとかやばっ!」と囃し立てる。男子は口笛を吹き、「お前、泣きながらやったの? じゃあ気持ちよかったんじゃね?」と下卑た声をぶつける。


遥は首を振った。否定の意味で振ったのか、それともただ振るしかできなかったのか、自分でもわからなかった。


「じゃあさ、どっち? 嬉しかった? 嫌だった? 答えろよ、どっちだ」


「……嫌……だった」


「へえ〜、嫌だったのに勃ったんだろ? 男だからな」


笑いが弾ける。遥は机の下で膝を抱きしめたい衝動に駆られるが、それを許される雰囲気ではない。


「泣いてる顔、姉ちゃん笑ったんだ? お前の顔がそんなにおもしろかったんじゃね?」


「なあ、声出た? 喘いだ? 言ってみろよ」


遥の喉は枯れたように音を失う。だが沈黙は許されない。すぐにまた脅しが飛ぶ。


「答えないなら……日下部、次はどうなるかなぁ?」


その一言で心臓が握り潰されるように跳ねた。


「……声は……出た……」


かすれた声で告げると、教室はさらにざわめいた。


「うわー、やっぱり。キモすぎ」


「姉とやってイってんのバレたとか地獄w」


「てかさ、沙耶香って美人じゃん? 嬉しいとか思った? 正直言えよ」


遥は必死に首を横に振った。だが、それすら笑いの燃料になってしまう。


「否定すんの必死ww あー、きっと嬉しかったんだなぁ」


「でも泣いてんの、笑われたんだろ? じゃあお前の涙って、ご褒美なんじゃね?」


皮膚の内側まで剥がされるような感覚が広がる。何を言っても、どんな答えを返しても、結局は彼らの娯楽になるだけだ。


「おい、次の質問な。“そのとき、どこまでされた?”」


声が、耳を突き刺す。遥は口を開きかけ、閉じる。そのたびに「日下部」「減点」の言葉が脅しのように響き、背筋を強張らせた。


「……最後まで……された」


一瞬、空気が固まり──そして爆笑が爆発した。


「マジかよ! お前、姉とやっちゃったのか!」


「クソエロすぎ! これ最高得点だろ!」


誰かが机を叩きながら叫ぶ。遥の視界は滲み、黒ずみ、喉は潰れたように痛む。だがもう、抵抗する余地はない。ただ搾り取られるだけの玩具でしかなかった。



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