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不正事件は、ひとつの事件ではなかった。
真琴は、資料を机いっぱいに広げながら、ようやくそれに気づいた。
帳簿だけを見れば経済事件。
議事録だけを見れば行政判断。
証言録だけを見れば現場判断の集合体。
だが、それらを同時に置いたとき、輪郭が変わる。
これは「不正を行った誰か」がいる話ではない。
不正が成立するように設計された配置だ。
誰かが強く命じた形跡はない。
脅迫も、明確な捏造も、直接的な改ざんもない。
あるのは――
判断の分散。
責任の薄まり。
「今は仕方ない」という言葉が通用する余白。
「……綺麗すぎる」
真琴は呟いた。
この事件には、悪役がいない。
全員が“自分の持ち場”だけを守っている。
書類を処理した者は、
「前例に従っただけ」。
確認印を押した者は、
「形式上の確認をしただけ」。
証言した者は、
「事実を述べただけ」。
そのすべてが正しい。
そして、そのすべてが――致命的だ。
真琴は、ひとつの流れを指でなぞる。
告発。
調査。
証言。
決裁。
完了。
どこにも、止める役がいない。
いや、正確には――
止める役が“存在しない形”になっている。
もし誰かが疑問を呈しても、
「全体を見ているわけではない」から、踏み込めない。
もし誰かが拒否しても、
「他で補われる」から、流れは止まらない。
だから、不正は成功する。
「……これ、偶然じゃない」
真琴は資料から顔を上げた。
不正が“うまくいった”のは偶然じゃない。
うまくいくように組まれている。
この構造の恐ろしさは、
誰かを告発しても終わらないことだ。
一人捕まえても、
ひとつの部署を潰しても、
この形はまた別の場所で再現される。
真琴は、連続失踪事件のファイルを横に置いた。
まだ線は引かない。
だが、確信に近い予感があった。
この不正事件は、
「終わったから安全」なのではない。
終わったからこそ、触れてはいけない。
成功した不正は、
否定されると、全体が崩れる。
誰かが悪だったと確定すれば、
誰かが正しかったと証明しなければならない。
だが――
この事件では、それができない。
正しさを選んだ人間が、どこにもいないからだ。
真琴は、父の残した走り書きを思い出す。
「真実は、
隠されるより先に、
使われない場所に置かれる」
「……ここか」
まだ名前はいらない。
まだ犯人もいらない。
必要なのは、
この不正が“成立してしまった理由”を理解すること。
真琴は、失踪者名簿のページをめくった。
次に見るべきものが、はっきりしてきた。