宗輔の両親に見守られながら、私は彼の車の助手席に乗り込んだ。二人の姿が見えなくなってからようやく緊張を解く。途端に疲労感がどっと襲ってきた。
「ふうっ……」
口から深いため息がついこぼれてしまった。
そんな私に宗輔は労いの言葉をかける。
「お疲れ様。ありがとうな」
「私こそ、ちゃんとお二人に紹介してくれてありがとう。それにしても、やっぱり仕事で会うのと全然違うわ」
「そんなもんか」
「そんなものよ」
「ところでこの後はどうする?」
「宗輔さんはどうしたい?」
「俺は、できれば佳奈と一緒に、どっちかの家で晩飯を食べたい。だけど疲れてるだろうから、なんか適当に買って帰って、一人で食べることにする」
その言い方が拗ねた子供のようで、思わず吹き出しそうになったが我慢する。
「それなら、私の部屋で食べる?途中でお惣菜を買ってもいいし、実家からもらった野菜なんかもあるから、何でもいいなら作るわ」
「嬉しい誘いだけど、大丈夫なのか?本当はやっぱり疲れてるんじゃないのか?」
「大丈夫よ。確かに緊張はしたけど、疲れているわけじゃないもの。それにこのまま帰るのはなんだか物足りないし、やっぱり私も宗輔さんと一緒にご飯を食べたりしたい」
「佳奈は俺を喜ばせるのが上手だな。ハンドルを握っていなかったら、絶対に今キスしてた」
「またそんなこと言って……。それじゃあ、まずは、スーパーに寄って買い物しましょ」
宗輔は機嫌のいい顔でハンドルを右に切った。私の住むアパートから最も近い場所にあるスーパーに向かって車を走らせる。
食べたいと思う物や不足している食材などを適当に買い込んでから、宗輔と一緒に部屋に帰った。手早く準備した料理をテーブルに並べる。食事を終えてからは、お茶を口にしながらホットカーペットの上でくつろぐ。
「あんな短時間のうちに、よくあれだけ料理できたよな。美味しかったよ」
満足した顔で彼に褒められて、私は照れた。私が作ったのはレンジを駆使した肉じゃがと味噌汁、野菜を和えたサラダくらいで、メインは惣菜という簡単な夕食だった。
「口に合ったようで良かった。だけどあれは料理と言っても、とっても簡単だから……。今度会う時は、頑張ってちゃんと作るわね」
「別に頑張る必要はないよ。いや、今のは、佳奈に期待していないっていう意味じゃないからな」
宗輔と他愛のない会話を交わし合う。彼の横顔を見つめているうちに、ふと寂しい気持ちになってくる。年末年始の休みの間、彼と一緒にいる時間が長かったせいか、彼がすぐ近くにいることが当たり前のようになってしまっていた。この後彼は自分の部屋へ帰って行くのだと思うと、それが当然だと分かってはいても切なくなる。明日からは日常に戻る。そうなれば、こんな時間はもっと減ってしまうだろう。
ふっと肩が落ちそうになった時、彼が大きなため息をついた。
「佳奈とこんな風に一緒に過ごせるのは、今度はいつになるだろうな」
彼も同じことを思ってくれていたのかと、嬉しくなった。その気持ちのままに、私の口からぽろりと言葉がこぼれる。
「もっとたくさん会えたらいいのに」
言い終えた途端、抱き締められた。
「実は考えていたことがあるんだ。俺の休みは不定期だけど、佳奈は決まって土日が休みだろう?君が良ければだけど、週末は俺の部屋で過ごさないか?もちろん、俺を優先してくれなんてことは言わないし、毎週じゃなくていい」
宗輔の提案に胸がどきどきした。すぐにも頷きたくなったが、その気持ちを抑える。
「自分がいない時間に他人の私がいるなんて、嫌じゃない?それに、自分の時間は?趣味だとか、友達と会うだとか、宗輔さんの予定だって色々あるでしょ?」
「もちろん、自分の時間だって大事にしているよ。佳奈が気を遣う必要はない。第一、家に帰ったら君がいるなんて最高に決まってる。それとも、佳奈は断る理由を探しているのか?」
「そうじゃないわ。ただ、迷惑なんじゃないかと思って……」
「迷惑なんて、そんなわけないだろう。本当は毎日一緒にいたい。毎日君を見ていたいし、こうやって触れ合っていたい。それに俺としては、佳奈がうちに来てくれた方が好都合な理由がある」
「理由ってどんな?」
彼はくすりと笑って私の額にキスをする。
「だってその方が、佳奈をぎりぎりまで引き留めて、ゆっくり味わえるだろ?」
「もうっ!嫌らしいんだから」
赤面する私に彼は声を上げて笑う。
「つまり俺は迷惑だと思っていない。だから、決まりってことでいいよな?今週は年明けの挨拶回りがあって、俺の方が落ち着かないから、来週末あたりから来ないか?」
私は確認するように、おずおずと訊ねる。
「本当に行ってもいいの?」
彼は大きく頷く。
「あぁ、もちろんだ。来週の土曜、仕事が終わったら迎えに来る。スペアキーはその日に渡すよ」
「スペアキー?」
「持っていた方が、佳奈の都合のいいタイミングで来られるだろう?俺の迎えが必要ならもちろん喜んで来るけど」
「私が持ってもいいのなら受け取るわ。今だってそうなのに、毎回迎えに来てもらうのは悪いもの」
「俺は全然構わないんだけどな。さて、と、今日はそろそろ帰るよ。このまま君の傍にいると抱きたくなってしまう。新年早々から色っぽい顔して出社するのは、色んな意味でまずいだろうからな」
帰ると言いながらも、宗輔は艶めいた目で私を見つめている。
その目を見返してしまいどきりとする。うっかりキスしてほしいと口走りそうになって、慌てて目を逸らした。
「また、来週ね」
ところが彼はそれには答えずに、私を抱き寄せて囁いた。
「やっぱり帰る前に少しだけ、佳奈がほしい」
返事をする間もなく彼の唇が降って来る。
キスしてほしいと思ったことが伝わってしまったのかと、どきどきする。次第に彼のキスは深くなっていき、その熱に負けそうになる。体が熱くなり始め、私は慌てて彼から離れた。
「も、もう、終わりっ」
宗輔は残念そうにふっと笑う。
「そうだな。止まらなくなるのはまずい。また来週。おやすみ」
「おやすみなさい。気をつけて帰ってね」
互いに離れがたくて指を絡ませ合いながら、私たちは玄関に向かう。
ドアの向こうに彼の姿が消えた後、一人になった部屋はどこか寒々しい。胸の中がすっと冷えたような気がして寂しくなる。しかし、今夜また一つ増えた宗輔との約束事がそれを和らげてくれた。
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