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放課後。
空き教室の窓から西日が入っている。
日下部は机に教科書を積んだまま、英単語帳を開いていた。
来週、小テストがある。
覚えても覚えても抜けていく気しかしない。
ドアが開いた。
「お疲れ」
「……お疲れ様です」
生徒が入ってくる。
向かいの席に座った。
日下部は単語帳を閉じる。
「で?」
生徒は少し考える。
「なんか」
「うん」
「昔の自分の方が頑張れてた気がするんです」
日下部は黙って聞く。
「中学の頃とかもっと真面目だったというか」
視線が落ちる。
「勉強もしてたし部活もちゃんと行ってたし」
少し間。
「今は何やるにもだるくて前ほど頑張れなくて」
短く息を吐く。
「劣化した気がします」
日下部は少し考える。
「中学の頃って毎日楽しかった?」
生徒は止まる。
「……いや」
「即答だな」
少し苦笑する。
「普通にしんどかったです。テスト嫌だったし部活も嫌な日ありました」
「でも頑張ってた?」
「はい」
日下部は頷く。
「じゃあさ」
少し間。
「頑張ってた記憶だけ残ってるんじゃないか」
生徒は顔を上げる。
「え」
「人間、都合悪い部分から薄れる」
短く言う。
「昔の自分を思い出す時って成功した日を思い出しやすい」
生徒は黙る。
「毎日ちゃんとしてた記憶になってるけど実際どうだった?」
少し沈黙。
「……サボった日もありました」
「あっただろ」
即答。
生徒は苦笑する。
「ありました」
「課題後回しにしたことは」
「あります」
「寝落ちは」
「あります」
「やる気出ない日は」
「あります」
日下部は頷く。
「それ今と何が違う」
生徒は止まる。
教室が静かになる
「……あんまり変わらないかも」
「そう」
短く言う。
「昔の自分って記憶の中で勝手に優秀になる」
生徒は笑う。
「それ嫌ですね」
「なる」
日下部は言う。
「昔の自分は失敗しないし、毎日努力してるし、常に前向きだ」
「そんな人いないですね」
「いない」
即答だった。
生徒は机を見る。
「でも、今の自分が頑張れてない感じはあります」
日下部は少し考える。
「それさ、頑張れてないんじゃなくて」
生徒は顔を上げる。
「うん」
「成果が見えなくなっただけかもな」
少し間。
「中学はテスト順位とか部活の結果とか分かりやすかっただろ」
生徒は頷く。
「はい」
「高校になると努力しても何も起きない期間増える」
生徒は黙る。
「だから頑張ってない気がする」
窓の外で運動部の声が聞こえる。
生徒は少し考える。
「私、昔の自分と戦ってました」
「勝てそうだったか」
「全然」
日下部は笑う。
「そりゃそうだ」
「なんでですか」
「相手、記憶の中で美化されてるから」
生徒は吹き出した。
「ずるいですね」
「かなり」
少し空気が軽くなる。
生徒は立ち上がった。
「なんか、昔の自分を神格化してたかもしれません」
「昔の自分にも黒歴史はある」
日下部は言う。
「それ忘れるな」
「覚えておきます」
ドアが閉まる。
昔の自分は、思い出の中で少しずつ強くなる。
だから比べる時は気をつけた方がいい。
相手は本物の過去ではなく、記憶が作った理想像かもしれないから。
コメント
1件
このエピソード、すごく沁みました。昔の自分を「できてた存在」として美化して、今の自分と比べて落ち込む——その感覚、すごくわかるんですよね。日下部先生の「記憶の中で勝手に優秀になる」って台詞が核心を突いていて、思わず「確かに!」と声が出ました。最後の「昔の自分にも黒歴史はある」も優しくて、読後じんわり心が軽くなりました。丁寧な心理描写、好きです🌷
ruruha
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