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夕方、相談室のドアが控えめに開いた。制服のままの男子が、少し緊張した顔で入ってくる。
「……ここ、入っていいですか」
「もちろん」
日下部は机から顔を上げ、向かいの椅子を指した。
男子は鞄を足元に置き、しばらく沈黙してから口を開いた。
「最近、友達との距離がわかんなくて」
指先をいじりながら、低い声でつづける。
「一緒にいて楽しいけど、いつも気をつかってる気がする。
嫌われたくなくて、合わせすぎて。
でも、疲れるんです」
日下部は少しだけ眉を上げる。
「合わせてると、自分の“素”が薄くなる感じ?」
男子は頷いた。
「そう。
本当の自分、あいつら知らないんじゃないかって思うと、
たまに全部面倒になる」
「わかるな」
日下部は椅子にもたれながら言った。
「俺も前、友達とつるむのに必死で、
自分の話ほとんどしてなかった時期あった」
男子は目を丸くする。
「日下部さんでも?」
「そりゃあるさ。
でもさ、距離って、誰か一人が決めるもんじゃない。
お互いがそのときどきで探るもんだろ。
合わせっぱなしじゃなくても、
崩れない関係はちゃんとある」
男子は息をついて、少し視線を落とした。
「……怖くて、試せなかった」
「少しずつでいい」
日下部は静かに言う。
「一回、ほんの一言だけ、自分の本音を混ぜてみる。
それで離れるなら、最初から本当の友達じゃなかっただけだ」
男子の肩がわずかにほどけ、
「……やってみます」と小さく返した。
窓の外、夕暮れの空が茜に染まっていく。
相談室にはその色と、かすかな安堵の気配が広がっていた。