テラーノベル
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最初から大きな出来事があったわけじゃない。
誰かが号令を出したわけでもない。
ただ、ある日から、
教室の空気が一つに揃った。
朝、教室に入るとき。
いつも通りの雑談の声。
椅子を引く音。
プリントの配布。
全部、いつも通り。
ただ――
遥の名前だけが、会話の中で同じ温度で扱われるようになっていた。
「昨日さ、あいつまたいたよな」
「いるだけで空気悪くなるんだよな」
「なんかさ、あいつがいると“やりづらい”んだよ」
笑い声。
軽い調子。
冗談みたいな言い方。
でも、誰も否定しない。
誰も
「そんなことないだろ」
とは言わない。
むしろ、
“当然のこと”として会話が流れる。
遥は席に座る。
隣の席のやつが、
机を少しだけずらす。
わざとらしくない。
でも、確実に距離が空く。
後ろから声。
「近いと気分悪くなるから、ちょっと寄るわ」
別のやつが笑う。
「わかる。俺も無理」
軽い。
あまりにも軽い。
だから余計に、
冗談として処理されない。
黒板の前で誰かが言う。
「てかさ、なんで普通に座ってんの?」
「え?」
「いや、別にいいけど。
自覚ないんだなって思って」
クラスの何人かが笑う。
「わかる。
あの感じで普通にしてるのすごいよな」
「メンタル強いっていうか」
「鈍いだけじゃね?」
遥は口を開く。
「……何」
それだけ。
短い声。
すぐ返ってくる。
「ほら、その態度」
「そうそう。
そういうとこだよ」
「空気読めないんだよな」
「自分がどう見られてるか、全然分かってない」
誰かが、わざと大きめの声で言う。
「別にさ、嫌いとかじゃないんだよ」
「うんうん」
「ただ、“いてほしくないだけ”」
笑いが広がる。
「それな」
「マジでそれ」
「なんか、存在がノイズなんだよ」
「分かるわ」
遥は、机の上を見たまま言う。
「……何すればいい」
教室が一瞬静かになる。
誰かが吹き出す。
「何すればいい、だって」
「出たよ」
「そういうとこだって」
「指示待ち人間」
「キモ」
「自分で考えろよ」
「普通、分かるだろ」
「ここにいていい立場かどうかくらい」
「分かんないからいるんだろ」
「それがもう無理」
笑い。
でも怒鳴り声じゃない。
叫びでもない。
全員が同じトーン。
「てかさ」
前の席のやつが振り向く。
「誰も言わなかっただけで、
みんな前から思ってたんだよ」
「うん」
「ずっと」
「やっと言えるようになっただけ」
「空気って大事だよな」
誰かが言う。
「今日から、共通認識でいい?」
「いいよ」
「異論ある?」
誰も手を挙げない。
誰も笑わない。
ただ、
当然のこととして受け入れる空気。
「じゃあ決まり」
「別にいなくなれとは言わないよ」
「そこまで優しくないし」
「でも」
「“普通に扱われる側”ではないってだけ」
「それだけ理解しとけ」
遥はゆっくり顔を上げる。
教室を見渡す。
目が合う。
すぐ逸らされる。
でも、誰も困っていない。
誰も迷っていない。
全員が同じ認識。
遥は小さく言う。
「……分かった」
誰かが笑う。
「分かってないだろ」
「どうせ明日も普通に来るんだろ」
「来るよ」
「来る顔してる」
「ほんと鈍い」
チャイムが鳴る。
教師が入ってくる。
一瞬だけ、
教室が“普通のクラス”に戻る。
でももう、
決まっている。
誰も確認しない。
誰も宣言しない。
それでも、
遥はその瞬間から
“役割”として固定された。
クラス全体の、
共通認識として。
コメント
1件
あー…読んでて胸がギュッてなったわ。 「いてほしくないだけ」「存在がノイズ」って台詞、軽い口調なのにめっちゃ重くて刺さった。 誰も否定しないで空気で決まっていく感じ、リアルすぎてちょっと辛い。 遥が「分かった」って言うしかなかったとこ、無力感が伝わってきてもう…。 次、どうなるんだろう。見守りたい気持ちでいっぱいよ。