テラーノベル
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月曜日の朝、美咲はいつもより少し早く花火部の部室に向かった。
昨日買った花火のキーホルダーは、鞄の内側につけてある。歩くたびに小さく揺れるそれを、何度も確かめてしまう。
直人も同じものを買っていた。
ただそれだけのことなのに、昨日の帰り道から、ずっと頭の片隅に残っていた。
「……何やってんねやろ、私」
自分で自分に呆れながら、鞄の持ち手を握り直す。
昨日は楽しかった。みんなで遊園地に行って、笑って、写真を撮って、また行こうと約束した。
それだけで十分なはずだった。
なのに、今日は直人に会うのが少し恥ずかしい。
いつもどおりに話せるだろうか。昨日のことを意識していると知られたら、どう思われるだろう。
考えているうちに、部室の前まで着いていた。
扉を開けると、直人が一人で机に向かっていた。
「あれ、美咲。おはよう」
「お、おはよう!」
声が裏返りそうになった。
直人は不思議そうに顔を上げたが、特に何も言わなかった。
「今日は早いな。何か忘れ物でもしたん?」
「してへんわ! 普通に来ただけやん!」
「そっか。昨日、帰るん遅かったやろ。眠くない?」
「全然! めっちゃ元気!」
「それならええけど」
直人は笑って、また机の上の書類に目を落とした。
美咲は自分の席に鞄を置いた。
普通に話せた。
少なくとも、変なことは言っていない。
そう思ってほっとしたとき、鞄の内側でキーホルダーが揺れた。
昨日のことが、また頭に浮かぶ。
「……あかん」
小さくつぶやいた声は、直人には聞こえなかったらしい。
美咲は机に突っ伏したくなるのをこらえ、部活動の準備を始めた。
「あんた、今日なんかおかしない?」
昼休み、紗季にそう言われて、美咲は飲みかけのジュースを危うくこぼしかけた。
「何が!?」
「いや、朝からずっとそわそわしとるやん」
「してへんって!」
「直人先輩が来たら急に声でかなるし、話しかけられたら変に早口になるし」
「なってへん!」
「今もなってるで」
紗季は笑いをこらえながら、美咲の顔をのぞき込んだ。
「昨日、なんかあったん?」
「何もない! 普通に遊園地行っただけやん!」
「うん。知ってる。私もおったし」
「……そうやった」
「何やねん、それ」
美咲は頭を抱えた。
紗季に隠し事をするのは難しい。ずっと一緒にいるから、ちょっとした変化もすぐに見抜かれてしまう。
「別に、何もないねん。ただ……」
「ただ?」
「昨日、楽しかったなあって思って」
紗季は少しだけ表情を変えた。
「うん。楽しかったな」
「また行きたいなって。それだけやねん」
「そっか」
紗季はそれ以上、すぐには追及しなかった。
美咲はほっとしたが、次の言葉を聞いて、また落ち着かなくなった。
「直人先輩と一緒におる時間も、楽しかったん?」
「……っ、紗季!」
「何で怒んねん。聞いただけやん」
「そういう聞き方がずるいねん!」
「ほな、違うん?」
美咲は答えられなかった。
紗季はジュースの蓋を閉め、机の上に置いた。
「美咲が直人先輩を好きなんは、もう知ってるやん。今さら隠さんでもええのに」
「……好きやけど」
声に出した途端、顔が熱くなった。
紗季は笑わなかった。
「うん」
「でも、直人先輩にとっては、私は後輩やし。花火部の仲間やし。昨日も、みんなで遊びに行っただけやん」
「そうやな」
「それ以上のことなんか、何もないねん」
美咲は言いながら、机の上に視線を落とした。
本当は、少し期待していた。
同じキーホルダーを選んだことも、帰りの電車で写真を見ていたことも、また行こうと言ってくれたことも。
一つひとつを拾い集めれば、何か特別な意味があるような気がした。
でも、それは自分が勝手に期待しているだけかもしれない。
「私ばっかり、浮かれてるんかな」
紗季はすぐには答えなかった。
「それは、まだ分からんやろ」
「……うん」
「直人先輩がどう思ってるかは、直人先輩にしか分からへんし。美咲が好きなんも、別に悪いことちゃうやん」
「分かってるけど……」
「分かってても、気になるんやろ?」
美咲は小さくうなずいた。
紗季は少し笑った。
「ほな、今はそれでええんちゃう。好きやから気になる。そんだけの話やろ」
「……何か、簡単に言うなあ」
「簡単ちゃうから、私もそれ以上は言われへんねん」
紗季の言葉に、美咲は顔を上げた。
いつも自分のことをからかってばかりいる紗季が、今日は妙に真面目だった。
「ありがとな」
「何が?」
「話聞いてくれて」
「はいはい。お礼はええから、昼飯食べ。午後から眠なるで」
「お母さんみたいやな」
「誰がお母さんやねん!」
二人は笑った。
美咲は弁当を開きながら、少しだけ気持ちが軽くなっていることに気づいた。
好きになったからといって、すぐに答えが出るわけではない。
今の自分にできるのは、直人と一緒にいる時間を大切にすることくらいだった。
放課後、花火部では次の地域イベントに向けた準備が始まっていた。
倉庫に保管してある道具を確認し、使えるものと修理が必要なものに分けていく。危険物の管理や実際の火薬の取り扱いは、資格を持つ指導者の監督のもとで行うことになっていた。
「美咲、そっちの箱、こっちに持ってきてくれる?」
直人に声をかけられ、美咲はすぐに返事をした。
「分かった!」
箱を持ち上げようとしたが、思ったより重かった。
「……うわ、何これ。めっちゃ重いやん」
「無理せんでええで。中身、分けて運ぼうか」
直人が近づいてきた。
「大丈夫! 持てる!」
「いや、持てるかどうかやなくて、落としたら危ないやろ」
そう言って、直人は箱の反対側に手をかけた。
「一緒に持と」
「……うん」
二人で箱を運ぶ。
狭い倉庫の通路を、歩幅を合わせて進んだ。
美咲は箱の重さを感じながら、隣にいる直人のことを意識していた。
肩が触れるほど近いわけではない。それでも、同じものを持ち、同じ方向へ歩いていることが、いつもと少し違って感じられた。
箱を置くと、直人が手を離した。
「ありがとう。助かったわ」
「いや、私一人で運べへんかったし」
「それでも、ありがとうな」
直人は自然にそう言った。
美咲は返事をしようとして、少しだけ言葉に詰まった。
「……どういたしまして」
直人が笑う。
「何か、かしこまってるな」
「えっ、そう?」
「うん。いつもと何かちゃう」
「そ、そんなことないって!」
「ほんまか?」
直人は不思議そうに首をかしげた。
美咲は慌てて箱のほうを向いた。
いつもどおりにしたいのに、直人が優しくしてくれるたび、意識してしまう。
自分でも面倒くさいと思う。
でも、好きになってしまったのだから、仕方がなかった。
作業がひと段落したころ、亮介が倉庫から出てきた。
「直人先輩、これ、どこに置いといたらええ?」
「それは棚の上段でええよ。重いから、俺も持つわ」
「助かります」
亮介が道具を持ち上げ、直人が反対側を支える。
美咲は少し離れた場所で、二人の様子を見ていた。
直人は誰に対しても、こういうふうに接する。
困っていたら手を貸すし、何かしてもらったら礼を言う。相手によって態度を変えることもない。
自分だけが特別なわけではない。
そのことは、ずっと前から知っていた。
それでも、直人の優しさに触れるたび、ほんの少し期待してしまう。
自分にも同じように優しくしてくれることがうれしくて、同時に、その優しさが自分だけのものではないことが少し寂しかった。
「美咲、何ぼーっとしとんねん」
亮介の声で我に返る。
「ぼーっとしてへんわ!」
「いや、完全に止まってたやろ」
「考え事してただけ!」
「何を?」
「何でもええやん!」
「はいはい。秘密の多いお年頃やな」
亮介がからかうと、紗季が横から口を挟んだ。
「亮介、あんたも手ぇ動かし。口ばっかり動いとるで」
「俺、ちゃんと働いてるやん!」
「その割には、さっきから同じ箱を三回も持ち直しとるけど」
「持ちやすい角度を探してんねん!」
「もうええから、早よして」
いつものやり取りに、直人も笑っていた。
美咲はその輪の中に戻り、作業を再開した。
今はまだ、何も変わっていない。
直人は先輩で、自分は後輩。
同じ花火部の仲間で、みんなで遊園地に行くくらいには仲がいい。
ただ、それだけ。
それでも、美咲の中では、昨日までとは少し違う気持ちが育っていた。
部活動が終わるころ、外は薄暗くなっていた。
美咲が鞄を持ち上げると、内側につけたキーホルダーが目に入った。
花火の形をした、小さな飾り。
直人と同じものを持っていると思うと、やっぱりうれしかった。
「美咲、帰らへんの?」
入口で紗季が呼んでいる。
「あ、今行く!」
美咲は鞄を肩にかけ、部室を出た。
校門へ向かう途中、直人が後ろから追いついてきた。
「美咲、ちょっとええ?」
「えっ、うん!」
紗季は二人を見比べたあと、先に歩き出した。
「ほな、私、先に帰っとくわ」
「え、紗季?」
「また明日な」
そう言い残して、紗季は軽い足取りで離れていった。
美咲はその背中を見送ってから、直人に向き直った。
「どうしたん?」
「昨日の写真、送ってくれたやろ。あれ、何枚か亮介にも送ってええ?」
「あ、もちろん! みんなで撮ったやつやし」
「ありがとう。あと、これ」
直人はスマートフォンを取り出し、画面を見せた。
そこには、遊園地で四人が笑っている写真が表示されていた。
「これ、部活のアルバムにも入れとこうと思って。ええかな?」
「うん! めっちゃええと思う!」
「よかった」
直人は画面を閉じた。
「昨日、楽しかったな。美咲、ずっと笑っとったやろ」
「……そうやった?」
「うん。見てるこっちも楽しかったわ」
美咲は思わず直人を見た。
見ているこっちも、楽しかった。
その言葉が、胸の中で何度も繰り返された。
「……直人先輩も、楽しそうやったで」
「ほんま? それならよかった」
直人はいつものように笑った。
特別な意味があるのかどうかは分からない。
ただ、直人も楽しかったのだと知れたことがうれしかった。
「また、みんなで行けたらええな」
美咲が言うと、直人はうなずいた。
「うん。今度はもうちょっと遠いとこもええかもしれんな」
「ほんま!? 行きたい!」
「また絶叫系ばっかり選ぶんちゃうやろな」
「ええやん! 楽しいし!」
「亮介が嫌がるで」
「亮介は置いていったらええねん!」
「それはかわいそうやろ」
二人で笑った。
校門の外で、帰宅する生徒たちが行き交っている。
夕方の風が吹き、木々の葉が揺れた。
美咲は、もう少しだけ直人と話していたいと思った。
けれど、何を話せばいいのかは、分からなかった。
「ほな、また明日な」
直人が言った。
「うん。また明日!」
美咲は手を振った。
直人が歩いていく。
その背中を見送りながら、美咲は自分の気持ちを考えた。
昨日よりも、今日。
今日よりも、明日。
少しずつ近づいているような気がする。
けれど、どこまで近づけるのかは分からない。
直人が自分をどう思っているのかも、まだ分からない。
それでも、明日も会える。
それだけで、今は十分だった。
美咲は鞄についたキーホルダーを指先で確かめてから、家路についた。
恋をしていると気づいてから、いつもの景色が少しだけ違って見える。
校門も、帰り道も、明日も会えるという当たり前のことも。
すべてが、ほんの少しだけ特別になっていた。
そして、その特別な時間をもっと増やしたいと思うようになっていた。
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要 九十九
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星キラリ

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眠狂四郎
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コメント
1件
読ませていただきました🌷 美咲の「好きやけど」って声に出した瞬間の照れ、すごく共感しました。同じキーホルダーを何度も確かめる仕草とか、紗季に隠しきれない様子とか、恋する女の子の初々しさが瑞々しくて、読んでいてこっちまでそわそわしました。最後の「明日も会える。それだけで十分」っていう気持ち、すごく分かります。距離が少しずつ縮まっていく感覚が丁寧に描かれていて、続きが気になります🙈 また読ませてくださいね!