テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#読み切り
📩 相談
高校三年生・仮名:Rさん
友達と遊ぶ時とか、ご飯決める時とか、気づいたらいつも「なんでもいいよ」って言ってます。
別に本当に全部どうでもいいわけじゃないです。
でも、自分の希望を言って空気変になるの嫌だし、却下されるのもちょっと怖くて、結局相手に合わせます。
その方が楽だと思ってたんですけど、最近、“自分が何したいのか”が分からなくなってきました。
聞かれても、本当に答えが出てきません。
なんか、自分の意思が薄くなってる感じがあります。
どうしてこうなるんでしょうか。
遥
「それ、“優しい”っていうより“希望を引っ込めるクセ”がついてるんだな」
蓮司
「“なんでもいい”って、便利だけど結構自分削るし」
日下部
「Rさんは“衝突回避”を優先して、選択権を継続的に手放している。その結果、自己選好への感覚が鈍化している」
遥
「たぶんさ、“自分の案で微妙な空気になる”の嫌なんだろ」
蓮司
「“それはちょっと……”って言われるだけで、地味に刺さるしな」
日下部
「拒否への感受性が高いため、提案自体を避けている状態だ」
遥
「だから先に、“相手に決めてもらう側”になる」
蓮司
「その方が安全だからな」
日下部
「判断責任を回避することで、対人不安を減少させている」
遥
「でもそれ続けると、“自分の好き”を使わなくなるんだよ」
蓮司
「筋力みたいに、使わないと鈍る感じ」
日下部
「自己選択の経験不足によって、欲求認識が弱まっている」
遥
「あと、“なんでもいい”って言葉、実はかなり便利なんだよな」
蓮司
「責任も空気も回避できるし」
日下部
「対立回避ワードとして機能しやすい」
遥
「でも便利すぎるから、ずっと使うと“自分”まで後ろ行く」
蓮司
「気づいたら、“本当に分からん”になるしな」
日下部
「選択放棄が習慣化している状態だ」
遥
「だから必要なの、“強い希望を言う”じゃなくて」
蓮司
「“ちょいこっち寄り”を出すことだと思う」
日下部
「小規模な自己選択を増やすことで、感覚は回復しやすい」
遥
「“パスタ気分かも”とか、その程度でもいい」
蓮司
「毎回100%譲る必要ないしな」
日下部
「自己主張は、対立と同義ではない」
遥
「“なんでもいい”ばっか使ってると、最後に“自分が何したいか”が見えなくなるぞ」
🗝 三人からのことば
遥
「希望を引っ込め続けると、自分の声まで小さくなる」
蓮司
「“なんでもいい”は便利だけど、使いすぎるな」
日下部
「小さな選択から感覚は戻っていく」
コメント
1件
うわ、これめっちゃ分かる……「なんでもいい」って言い続けるの、確かに楽だけど自分削ってる感覚、私もあるなって思った。特に日下部くんの「選択放棄が習慣化」って言葉、刺さった。私は「パスタ気分かも」くらいの小さな希望、ちゃんと出せるようになりたいな。三人の言葉、優しくてちょっと切なくて、でもちゃんと「戻れるよ」って言ってくれてる感じがして、じんわり温かくなった🤍🥀