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それから一時間が経ち、更に二時間が経過した。
『待て』は得意だけど、流石にサンドイッチ程度を作るには時間がかかりすぎている。明日はまた仕事があるし、時間も遅くなってきたので出来ればもう話し終えていたかったのに。
読んでいた本をテーブルに起き、台所へ向かう。甘い匂いやしょっぱい匂い、肉を焼いた様な香りが混じり、絶対にサンドイッチを作った匂いだけじゃない室内に入ると、シュキュウが白くて丸い塊を木製の大きなまな板に向かってバンッ!バンッ!と大きな音をたてながら叩きつけている所だった。
「……何作ってるの?」
「……あ、えっと、パンを。サンドイッチの……」
(パンを焼く所から始めるの?今から?)
——ああぁ、ボクと話したくないのか。そんな 真意が読め、ため息が出る。そんなボクの仕草を見て、シュキュウの口元がくの字に曲がった。
肩が震え、ボロボロを涙を零す。その姿を見たボクは慌ててシュキュウに駆け寄り、肩を抱いた。すると意外にも、シュキュウはボクの胸に縋り付いてくれた。
嬉しくって、つい口元が緩む。こんな顔、今見られたら『不謹慎だ』って怒られるかもしれない。
「作業は中断出来る?」
「…………はい」
力無く頷くシュキュウの手を引き、台所から出る。美味しそうな匂いで胃袋は刺激されていたが、話し合う方が大事だった。
居間を通り過ぎ、ボクの部屋に入る。クローゼットの前に立つと、シュキュウの手を離す事なく扉を開けた。チラッと後ろを見ると『何がしたいんだろうか?』と言いたげな顔で首を傾げている。当然だ、この先にある物を彼は知らないんだから。
壁に手を当てると、少しだけ魔力を流す。すると、ただの壁でしかなかった部分がガコッと音をたてて開き、階下へ続く階段が姿を表した。
「…………ここは?」
「もうね、本意じゃなかったけど色々話しちゃったついでに、全部教えちゃおうかなって思って。……おいで」
シュキュウの手首を掴む手に力が入る。逃す気などない。でも、逃げそうな気配も無くって、ちょっと意外だった。
石造りの階段を一段一段ゆっくり降りて地下へと向かう。ボク達が先に進むと、壁に備え付けてあるオイルランプに勝手に明かりが灯り、足元を照らしてくれる。
「綺麗ですね、アンテイークな感じがとっても好みです」
狭い階段を降りながら、シュキュウが言った。淀みなく言ったので、きっと本心だろうけど……辛気臭そうな地下に連れて行かれること自体は怖くないんだろうか?
「着いたよ、足元気を付けてね」
最後の一段を降り、部屋の全貌が見えた途端、シュキュウが「ひっ!」と短い悲鳴をあげた。部屋の内装に対して流石に引いたっぽい。
全体が石造りのこの部屋は居間と同じくらいの広さがある。明かり取りの窓はどこにも無く、壁のオイルランプが消えれば全ては闇に包まれる構造だ。鉄製の柵が目の前にあり、室内には大きな天蓋付きのベッドと、ボクのコレクションが詰まった箱が一つ。あとはサイドテーブルやソファーが置いてあり、寝室っぽい作りになっている。目の前の牢屋みたいな鉄格子さえ無ければ、きっとシュキュウは普通に喜んだであろうシックな作りだ。
「初夜の為に用意してあった部屋なんだけどね、今まで使う機会が無かったんだよ」
鉄格子の中心には扉があり、今は鍵をかけていない為、手で押すと簡単に開いた。シュキュウの手を引いたまま中に入ると、彼の体が少し強張った。
「しょ……ゃ」
顔を逸らし、シュキュウが顔を赤らめる。
「えっと、まずはどうしようかな」
ベッドになんか座らせたらまた過剰反応をして気絶するかもしれない。なのでボクは仕方なく、ソファーの方に案内した。
「話をしようか、シュキュウ。ボク達はルナールさんの言う通り、圧倒的に会話が足りないと思うんだ。だからボクは……君の態度の変化に戸惑ったし、急に態度が変わった理由が知りたい」
「……はい」
シュキュウは頷いたが、口を閉じてしまった。同意は出来ても、やっぱりボクと話すのは嫌みたいだ。仕方がないからボクから話そうかな。
「ボクはね、もうバレてると思うんだけど……ボクの事が嫌いな子が好きなんだ」
「……え?」
「だから、一番ボクのことが嫌いそうな君に目を付けて、観察して、『あぁ、この子だな』って思えたから結婚まで漕ぎ着けたんだよ」
「…………でも、ワタシは……」
シュキュウが何かを言いたそうにしていたが、ボクは構わず言葉を続けた。
「だけどね、結婚式の日に始めて君がボクの目を見て、手を取って式に挑んでくれた時から『あれ?』ってちょっと疑問が生まれたんだ。その後この家に二人で戻って、居間の壁にボクの肖像画を飾ってくれた瞬間、『まさか、この子はボクの事が好きなんじゃないだろうか?』って、初めて思った」
「…………」
シュキュウがボクの顔を見て、口をぱくぱくと、声が出ずにただ陸に上がった魚みたいにしている。それでも、ボクは自分の言い分をまずは聞いて欲しい気持ちを優先した。
「年単位で全然興味を持ってもらえている感じなんか微塵も無かったのに、急にシュキュウから好意を感じたもんだから『とうとうこの子も呪われたのか!』って思って。そうなるとね、ボクが望む通りに、『嫌がられながら、ボクに対し汚物でも見る様な目をした君を、無理矢理抱き倒したいなぁ』って夢は叶わないから、初夜に此処へ監禁する事は諦めたんだよ」
「…………夢?……何か……すみません」
明らかに、殴られても可笑しくない馬鹿な発言をしているのはボクの方なのに、シュキュウがすまなそうに項垂れた。
「運良く【純なる子】が召喚された噂を聞いたから、まずは『呪い』を解いてもらって、きちんと元通りになったら、改めてここへ閉じ込めちゃっえばいいかぁって……思ってました。ボクの方は、以上です」
君は?と、視線だけでシュキュウに問いかける。すると、やや間がありはしたが、彼がポツポツと話し始めてくれた。
「…………ワタシは、ただ、結婚までしてもらえたからには、きちんとした夫婦になれれば……と、話したり、同じ部屋ですごしたり……態度の悪さで離縁だけは、されない様に、と……」
「でももう、そっちの方がボクから離れたいんじゃない?君に対してかなり屈曲した感情を持ってる奴の嫁なんか、これ以上続けたくないでしょ」
「……いいえ。でも、離縁される覚悟は……しないといけないなとは、思っています。クイネさんの表面だけ見て、『優しい人だな』『明るい人なんだな』と、ずっと……好きでしたから。表面だけしか見えていなかったようなワタシじゃダメですよね……ましてや、クイネさんの事を嫌いだって思えないんじゃ……もうワタシは、貴方の嫁である資格が無いのでは?」
「んーボクから離縁はするつもりは無いなぁ。確かに、嫌われてるからって理由でシュキュウの事を好きになったけど、相手からも好かれてるかも?って思った時、何でか嬉しかったからね。きちんと夫婦になりたくって距離を詰めてくれていたんだってわかると、この一ヶ月間の戸惑いも、結構楽しかったかも?って今なら思えるし。だけど、ボクの上っ面を好きになったんだったら、今日の発言でかなり幻滅したんじゃない?『何コイツ気持ち悪い』って」
「…………いえ、何を考えているのか知れてむしろ良かったです。怒ってるのかな?嫌われたかな?って心配だったものが、真逆に考えてくれていたので……安心もしましたし」
ちょっと困った感じにも見える笑顔を、遠慮がちにボクへと向けてくれる。いつもの、青ざめていたり、眉間にシワが寄ったりといったものではなく、普通の笑顔を初めて正面から自分の為に見せてもらえて、心の奥を鷲掴みされた気がした。
「あー……無理」
両手で顔を隠し、下を向く。嫌悪感すら漂う睨んでいる様にしか見えない顔とか、青ざめた表情とかが好きなのに、シュキュウの笑顔までもが好きになんかなってしまったら、もう手放せる気がしない。そもそも執着心が人一倍強いっていうのに、これ以上更にシュキュウに惚れ込みでもしたら、本当にこの部屋に手錠でつないで延々と、満足出来るまで監禁してしまいそうだ。
「すみません、……ワタシの顔……気持ち悪かったですか?」
怯えた顔でシュキュウがバッとボクから離れようとする。でも、距離なんかおいて欲しくなくって、ボクは咄嗟に彼の腰へ抱きついたが、焦ったせいでちょっとタックルしたみたいな感じになってしまった。
「うぐっ!」と声をもらし、シュキュウの上半身がボクの背に倒れてきた。
「ごめん!」
謝罪の言葉を叫んではおいたが、ボクはシュキュウに抱きつく腕を離さなかった。細くって、小さくって、ご飯の美味しそうな香りのする体を離せる訳がない。散々に虐めて、傷付けて、でもグダグダに甘やかしたい。そんなボクを困った顔で見ながら、それでも受け入れてくれたら——と、つい甘い夢をみてしまう。
「……あはは。何か、やっと普通の夫婦っぽい感じになったの、かな……」
夫婦だっていうのに、シュキュウの笑った声なんて初めて聞いた。
「そう、かな?」
(いや、そんな事無いんじゃない?兄弟でじゃれ合ってるか、友達とふざけてる感じに近い気がするけども)
思った事を口にしないままでいると、背中に頰を擦り寄せてくれたような感触を感じた。
「ワタシは……クイネさんの理想とはかなり違うと思うんですけど、離婚……されて、しまうんでしょうか?」
震える声が耳に届き、切ないと思える。普段のボクならただただ興奮するだけなのに。
「さっきも言ったよね?そんな訳ないよ!ボク、何度も好きだって、シュキュウはボクの奥さんだって言った!」
「……言ってはもらえましたけど、それは…………ワタシがクイネさんの事を『嫌い』だって前提の上なのでしょう?」
「いや、だからそれはもう、きっかけでしかないんだってば。シュキュウにも好かれてるんだって思うと、今はすごく、ちゃんと嬉しいよ」
ぐるぐるとシュキュウの思考が回っている感がある。ボクの嗜好は理解し難くって、どう受け止めていいのかよくわからないのかもしれない。
「だからさ、ボク等はこれから(心は)ゆっくり夫婦になっていこう?」
「……そうですね。ゆっくり、と」
シュキュウが体を起こし、おそろそろるボクの頭を撫でてくれる。温かい手の温もりを感じ、ボクはやっと、奥さんと心が少しだけ通じた気がした。
コメント
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ああ、もう、もう……! クイネの歪んでるけど真っ直ぐな愛情と、シュキュウの「好き」の形がやっと重なったのが尊すぎて胸が苦しかったです。地下の隠し部屋の話を聞いてビビるかと思いきや「むしろ知れて良かった」って返すシュキュウ、めちゃくちゃ強いし愛おしい。最後に初めて聞こえたシュキュウの笑い声と、頭を撫でる手の温かさに、私も一緒に涙が出そうになりました。ふたり、ゆっくりでいいからちゃんと夫婦になってくださいね…!