机に押さえつけられたまま、遥は震えていた。剥がされた爪から滲む血が机を赤く染めている。じくじくと焼けるような痛み。脈打つたびに全身が軋むように反応する。
「うわ、ほんとに取れた!」
「グロすぎ、でも笑えるわ」
「ほら見ろよ、指先プルプルしてるぞ。お前の体ってさ、マジでおもちゃだな」
周囲の笑い声が遠くに聞こえるようで、それでも確実に耳に刺さる。
遥の目からは、ぽろぽろと涙がこぼれていた。
――痛い。
――帰りたい。
――でも、帰ったって……。
背中を蹴られ、机から崩れ落ちる。床に手をつくと、すぐに指先に激痛が走り、遥は息を詰まらせた。
「おっと、ごめーん。雑巾の指、壊れちゃったか?」
「でも大丈夫だろ、どうせ使い捨てだし」
「次の掃除は、その血つけてやれよ。消毒とかしないでな」
最後に誰かが、遥の頭を小突く。
「泣き顔似合ってんぞ、ペット」
笑い声を残して去っていく足音。
残されたのは、血に濡れた指先を抱えて蹲る遥ひとり。
――どうして俺なんだ。
――なんで、俺だけが。
声にならない嗚咽が、静まり返った教室に滲む。
家に戻っても、地獄は終わらなかった。
指先の血を止めようと洗面所で必死に押さえるが、痛みで力が入らない。
布で縛っても、血はじわじわと滲み出してくる。
「……クソ……俺……なんなんだよ」
鏡に映る自分の顔は、青白く歪んでいた。涙で濡れた頬。唇を噛んだ跡。
指先を少しでも動かせば、鋭い痛みが走り、全身が反射的に震える。
そのたびに、笑い声が甦る。
――「おもちゃだな」
――「雑巾だろ」
耳の奥で繰り返され、心をえぐる。
ベッドに座り込み、遥は膝を抱えた。
――もし、次にまた同じことをされたら、俺はどうなるんだろう。
――あと何本、爪が残ってるんだろう。
――最後に残るのは……俺の何なんだろう。
答えは出ない。
ただ、止まらない痛みと自己嫌悪が、暗闇の中で遥を押し潰し続けた。
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