テラーノベル
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このマンションは全戸賃貸にもかかわらず、ホールには洒落た応接セットが置かれていた。
まるで分譲マンションのようだ。
住民なら誰でも、待ち合わせなどに自由に使っていいらしい。
その脇の自販機で透也は飲み物を二つ買い、片方のカフェラテを夏帆に手渡した。
(私が朝、カフェラテを飲んでたのを覚えてたんだ。さすがホスト……気配りがすごすぎる……)
その細やかな気遣いに、夏帆は思わず感心して小さく息を吐いた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。で、元彼さんはなんだって?」
「まだメッセージ見てないんです。何の用だろ……」
そう呟きながら夏帆はメッセージを開き、駿介からの用件を読み進めた。
読み終えた瞬間、思わず声が漏れる。
「げっ! どうしよう……」
うろたえる夏帆に、透也が首を傾げた。
「何て言ってきたの?」
「それが……私がずっと探していた写真集が、彼の家に置きっぱなしだったみたいで……」
「写真集? 何の?」
「“佐伯岳大”って写真家、ご存じですか? 彼の星空の写真を集めた写真集です」
その名を聞いた途端、透也は目を丸くした。
「佐伯さんなら知ってるよ。俺、知り合いだもん」
「ええーっ!」
夏帆はあまりの驚きに、思わずのけぞった。
「どっ、どうして?」
「朝、話したよね。佐倉健吾と友達だって。それ繋がりなんだ~」
「はあ……」
透也が“すごい人”とばかり繋がっていることに、夏帆は驚きを隠せなかった。
「この前、君と初めて会った日、俺アウトドア系の格好してたでしょ」
「え、ええ」
「あのときも佐伯さんと山に行ってたんだ。まあ、山っていっても低い山だけどさ」
「ええーっ!」
驚愕しながらも、夏帆はなんとか言葉を絞り出す。
「佐伯さんと……登山ですか?」
「うんにゃ、ちゃうちゃう。夏帆ちゃん“カノープス”って知ってる?」
その言葉に聞き覚えがあった夏帆は、すぐに思い出した。
「“老人星”って呼ばれてる星ですよね?」
「おっ! 夏帆ちゃん知ってるんだ」
「はい……。星はわりと好きなので。見ると長生きできるっていう……」
「そうそう、それそれ。それを、佐伯さんに案内してもらって見に行ったんだ。なんだ~、夏帆ちゃん佐伯さんのファンだったんだ~。すごい偶然だな~」
透也は嬉しそうに顔をほころばせた。
「だったら、佐伯さんが東京に来て食事をするときは、夏帆ちゃんも呼んであげようか?」
思わぬ提案に、夏帆は慌てて手を振った。
「とっ、とんでもないですっ! 佐伯さんに会ったら、たぶん緊張して何も話せません」
「あはっ、そんなに崇拝してるんだ」
「はい。だって“神様”のようなお方ですから。あんなにすごい写真を撮られるんですもの……」
「夏帆ちゃんは、本当に星が好きなんだね」
「はい」
夏帆の故郷は、長野県の信濃大町だった。
佐伯は自身のアウトドアブランドの初出店に、その信濃大町を選んでくれた。
それがちょっとした町おこしとなり、過疎化が進んでいた街に新しい風を吹き込んだ。
そのおかげで、夏帆の故郷にはUターンやIターンの若者が増えているらしい。
遭難しかけた佐伯がふもとに戻ったとき、涙ながらに駆け寄った婚約者を抱きしめる場面をテレビで見て以来、夏帆の彼への好感度は一気に高まった。
その後、シングルマザーである婚約者と結婚したと知り、ますます応援したくなったのだ。
「おっと、話がだいぶそれちゃったな。で、元彼さんは何て言ってるの?」
「写真集を渡すから会おうって……」
さっきまで生き生きしていた夏帆の表情が、一気に曇った。
それを見て、透也が言った。
「夏帆ちゃんは、もう会いたくないんだね」
「二度と会いたくないです」
「じゃあ、写真集は諦めたら? また買えばいいし……」
「あ、あれは二万四千円もしたんですよ。買い直すなんて無理です。それに、たぶんもう完売してると思うし……」
佐伯岳大の写真集は人気で、いつも発売と同時に売り切れてしまう。
(それに、無職の私にそんな贅沢できるわけないじゃない)
夏帆は心の中で毒づき、大きくため息をついた。
「そっか。じゃあ、送ってもらう?」
「それも嫌です! 今の住所、知られたくないから」
「そうだよなあ……。となると、どうしたもんかな~」
透也は腕を組んで考え込む。
(本当にどうしたらいいのよ、もうっ! あのクソ男!)
夏帆が心の中で怒りを燃やしていると、透也が尋ねる。
「ちなみに聞くけど、その元彼さんって新しい彼女がいるんだよね?」
「はい」
「だったら、大丈夫なんじゃない?」
「ダメダメ、絶対ダメ! あの人ナルシストだから、私がまだ友達でいたいと思ってるって勝手に勘違いしてて」
「そりゃ都合よすぎるな~。自分が振った女がまだ自分を想ってるとか思っちゃってるんでしょ? やばいね」
「でしょう? だから絶対に会いたくないし、住所も知られたくないんです」
「それにしても変だね。新しい彼女がいるのに元カノに会おうとするなんて……もしやその彼、新しい彼女と上手くいってないのかな?」
それは夏帆も薄々感じていたことだった。
「どうでしょう。でも彼の状況がどうであれ、私にはもう過去の人なので、今後一切関わりたくないんです!」
夏帆は鼻息を荒くし、必死に訴えた。
その勢いに、透也はふっと表情を和らげ、救いの手を差し伸べるように言った。
「それなら、策がないわけでもないけど……」
「え? 何かあるんですか?」
「うん。いい案がね」
「教えてください! どうすればいいんですか?」
「知りたい?」
「もちろんです」
夏帆が前のめりで答えると、透也は口元に笑みを浮かべながら提案した。
「じゃあ、その件については、夕食をとりながら話し合うことにしよう」
「え?」
「メシ行こう、メシ! 食事しながら説明するよ」
「ええっ?」
(わ……私がホストと一対一で食事!?)
驚きで固まる夏帆をよそに、透也は彼女が飲み干した缶を受け取り、ゴミ箱へ捨ててくれた。
「一度部屋に戻ってから、十分後、ここに集合ね」
そう言い残し、透也はにこやかにエレベーターへ向かって歩き出した。
夏帆は呆然としたまま立ち上がり、慌ててその背中を追いかけた。
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柏木さくら
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Jasmine
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ruruha
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コメント
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マリコ様何度も失礼します。 今読もうとしたら又消えてます。目次は13話と表示されてるんですが読めないです😭

現在、お探しのページが見つかりませんでした・・ってなってます( ; ; )
マリコ先生 楽しみにしていた、13話が読めません😭