テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
狩りの時間が始まる。
男はゆっくりと立ち上がり、夜空を仰ぐ。
男を見下ろ すのは、白チーズのような満月。
その仄かな光が、煉瓦作りの家々を、石畳の通りを、静かに照らしつける。
青ざめた月光の中、生温かい春風に正面から吹き付けられ、男の纏った長い外套の裾がはためく。
美しい夜だ。
寝静まった人々の息遣いを微かに感じながら、男は思った。
もっとも、これからクズの流す血に赤く汚れることになるのだが。
歪んだ、半月のような笑みが男の口元に浮かぶ。
それは何の感情も宿らぬ、虚ろな微笑み。
そして、男は眼前にそびえる大きな館を凝視する。
それはこの町で一番の金持ちだという、宝石商人の館だ。遠方から取り寄せたと思しき、黒曜石作りの壮麗な玄関を見上げながら、男は確信する。
やはり、やつはここを訪れたことがある。
並の人間では、決して感知することはできないが、肉が腐り、饐えたような香りが館の中から漂ってくる。
それは異界の残り香だった。
「さて」
ベルトに吊り下げた得物に手を触れ、男は低く呟く。
「今宵も狂い咲くとしようか……」