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相談室のドアが開いたとき、入ってきたのは目の下に隈を落とした子だった。 座るなり、椅子の背もたれに身を沈め、無言のまま天井を見ている。
「……珍しいな。最初から黙ってるやつ」
「……別に、話すこともないんで」
「じゃあ、なんでここ来た」
「……死にたいって思ってるけど、誰にも言えないから」
部屋の空気が一瞬、張りつめる。
けれど蓮司は飄々と笑った。
「なるほど。死にたいけど、誰かに“止めて”ほしいってことか」
「……違います。止めてほしいわけじゃない。ただ、言ってみたかっただけ」
「言って、俺がどうするか試してるんだろ」
「……そうかも」
沈黙。蛍光灯の低い唸りだけが響く。
「……正直、もう疲れたんです。毎日が同じことの繰り返しで。頑張っても意味なくて、誰も自分なんか必要としてなくて」
「ふーん。で、お前が消えたら、楽になるのか?」
「……わかんない。でも、このまま続くのは耐えられない」
蓮司は少し身を乗り出し、薄く笑った。
「いいこと教えてやる。――“死にたい”ってやつのほとんどは、本当は“生きたい理由が足りない”だけだ」
「……生きたい理由?」
「そう。死にたい気持ちと生きたい気持ちは、だいたい隣り合わせにある。だから“死にたい”って言葉の裏には、“生きたいけど何のために生きればいいかわからない”って意味が隠れてる」
彼女の目が、わずかに揺れる。
「……でも、そんな理由……見つかりません」
「見つけるんじゃねえよ。でっかい理由なんか、誰も持ってない。……強いて言うなら、“小さい理由を毎日ちょっとずつ拾う”んだ」
「小さい理由……?」
「たとえば“今日雨降ったから走らなくて済んだ”とか、“コンビニで肉まん食えた”とか、“バカな動画で笑った”とか。――それを積み重ねる。死にたい気持ちは、そういう小さなクズみたいな理由に押し負けることがある」
彼女はしばらく黙り、そして俯いたまま、かすかに笑った。
「……そんなのでいいんですか」
「そんなのでいい。でなきゃ、人類とっくに絶滅してる」
その笑みはまだ弱いけれど、確かにそこにあった。
「……じゃあ、もう少しだけ、小さい理由を探してみます」
「おう。探せ。死ぬのはそれからでも遅くねえ」
彼女が出ていったあと、静かな部屋に一人残った蓮司は、ポツリと呟いた。
「……死にたいって言葉を吐けるやつは、案外まだ生きる余力が残ってんだよな」