コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
スタジオの窓から差し込む光は柔らかく、埃の粒まで浮かび上がる。
冬馬は椅子に座り、譜面台に向かって指先を動かす。
ピアノの鍵盤に触れずとも、彼の指先は空気を弾き、静かな旋律を描いているかのようだった。
京はその後ろで、静かに見つめていた。
「……触れるだけで、こんなに伝わるんだ」
音を聞いたことがなくても、冬馬の指先の微かな振動や肩の動きで、何を感じているかがわかる。
それは言葉よりも、確かで豊かな会話だった。
冬馬が振り返り、指先でそっと京の手を触れる。
その瞬間、二人の距離は縮まる。
京の瞳が少し潤み、唇が微かに震えた。
「……今日も、綺麗だね」
冬馬は声を出さない。だが、指先の温もり、掌の圧力、軽く肩を押す仕草がすべて、言葉以上に愛を語っていた。
京は冬馬の手を握り返し、微かに指を絡める。
互いに無言のまま、空間を共有する時間。
譜面もピアノも、外の世界の騒音も、すべて遠くに消え去る。
触れ合う指先だけが、旋律となって二人の間を流れていた。
その日、京は冬馬に自分の髪を撫でてもらった。
柔らかな指先が髪を撫でるたび、心臓の奥まで温かさが届く。
冬馬は触れることに集中し、京の息づかい、胸の動き、体温の変化を確かめながら、ゆっくりと掌で顔に触れる。
京の瞳が冬馬を見つめる。
「……言葉がなくても、十分伝わるんだね」
冬馬は頷き、指先でそっと唇に触れる。
京はその指先を自分の唇で包み込み、目を閉じる。
小さな振動が、心に深く響く。
夜になり、スタジオには二人だけの影が落ちる。
冬馬が譜面台から立ち上がり、京の肩に手を回す。
「……今日は、これで終わりにしよう」
声は出さないが、指先と抱擁でその意志が伝わる。
京は微笑み、腕を冬馬に回した。
触れるだけの会話の中で、互いの気持ちは深く通じている。
夜の静けさに包まれながら、二人はゆっくりと体を寄せ合った。
音がなくても、旋律は確かにそこにあった。
最後に、冬馬は京の手を唇に当て、指先を滑らせる。
京は小さく笑い、そっと目を閉じる。
言葉はなくとも、触れ合うだけで伝わる愛。
静かで、確かな、二人だけの旋律が、夜を染めた。