テラーノベル
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#初投稿
最初は、笑われるたびに胸がざわついていた。
今はもう、
どこで笑いが起きても自分のことだと分かる。
廊下を歩く。
後ろで声がする。
「来た来た」
振り返らない。
振り返れば、もっと面白がられる。
「今日の顔やばくね?」
「なんかもう常に謝ってる顔」
肩を小突かれる。
軽くじゃない。
わざと体勢が崩れる強さ。
でも、遥は踏みとどまる。
「お、耐えた」
「慣れてきたな」
笑い声。
教室に入る。
席に座ろうとすると、椅子が引かれる。
ガン、と膝が机に当たる。
誰かが机を押す。
体がよろける。
「危なっ」
「自分で気をつけろよ」
笑い。
もう、
一つ一つに反応しない方が楽だと知っている。
「おい」
呼ばれる。
近づく。
「ちょっと来い」
廊下の端。
人目はあるけど、止める距離じゃない。
腹に拳が入る。
短く、確実に。
息が止まる。
「声出すなよ」
「迷惑だから」
脇腹。
肩。
背中。
殴る方も、もう楽しそうというより
作業みたいな顔になっている。
「反応薄くなったな」
「つまんね」
遥は、壁に手をつく。
(……立て)
(立ってろ)
膝が折れそうになるのを、止める。
「おい、倒れんな」
「また保健室とかだるいし」
その言葉で、体が止まる。
(ああ)
(迷惑になるのか)
「立ってる」
遥が言う。
息が浅い。
「ほら、立ってるから」
自分でも、
何を報告しているのか分からない。
「偉い偉い」
「飼い慣らされてるじゃん」
誰かが頭を軽く叩く。
撫でるみたいに。
でも、それも笑いのネタ。
教室に戻る。
「今の何?」
「別に、いつもの」
その“いつもの”に、誰も疑問を持たない。
黒板の前で、教師が話している。
後ろから、消しゴムが飛んでくる。
肩に当たる。
振り返らない。
「反応しないのマジで草」
ペンが落とされる。
拾うと、足で踏まれる。
「遅い」
笑い。
もう、
笑われること自体がイベントじゃない。
呼吸と同じ。
昼休み。
パンを買いに行こうとすると、
通路で止められる。
「今日は体力測定な」
「立って」
腕を掴まれる。
壁に押しつけられる。
拳。
一発。
間を置いて、もう一発。
周りは、見てるだけ。
止めない。
でも、驚きもしない。
「はい終了」
手が離れる。
「昼、間に合うだろ」
遥は頷く。
「……うん」
それで終わる。
殴られたことも、
笑われたことも、
特別な出来事じゃない。
席に戻る。
誰かが言う。
「今日も通常運転」
別の誰かが笑う。
「ほんと便利だよな」
遥は、机に手を置く。
(普通)
(これが、普通なんだ)
胸の奥で、
何かが静かに止まっていく。
痛いとか、
悔しいとか、
そういう言葉にする前に、
(これが日常)
そう決めた方が、
楽だと分かってしまった。
ノートを開く。
文字が、少し揺れて見える。
でも、書く。
(ちゃんとやる)
(ちゃんとしてれば)
(これ以上は、増えない)
誰も約束してないのに、
そう思い込むしかない。
後ろで笑いが起きる。
誰かが言う。
「今日も平和だな」
遥も、小さく頷く。
「……うん」
それは同意じゃない。
ただ、
もう何も言う意味がないと知った返事だった。
コメント
1件
第44話、読み終わりました……。胸がぎゅっと締め付けられるような回でした。特にもう何が起こっても「これが普通なんだ」と自分に言い聞かせる遥くんの諦観が、静かに、でも確かにこちらに伝わってきて、読みながら息が詰まりそうになりました。笑い声が日常のBGMになって、一つ一つの暴力や言葉に反応しないことを“楽”と覚えてしまう痛み。最後の「それは同意じゃない」という一行に、遥くんの心の中でまだ何かが消えずに残っている気がして、希望とも違うけど、目を離せなくなりました。ruruhaさんのこういう、諦めの奥にある“まだ終わっていないもの”の描き方、本当に好きです……。