テラーノベル
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廊下を歩く。
誰かが笑う。
誰かが呼ぶ。
誰かが肩に触れる。
それが自分に向けられているのかどうか、
もう区別しなくなっていた。
区別しても意味がないからだ。
呼ばれれば行く。
押されれば止まる。
立てと言われれば立つ。
言葉は、反応のための装置でしかない。
「おい」
「聞いてんのか」
頷く。
「聞いてる」
それが正解かどうかは関係ない。
返事という動作だけが必要とされている。
笑いが起きる。
「ほんと便利」
「壊れかけって感じ」
殴られる。
蹴られる。
押される。
でも、それはもう
出来事として認識しない方が楽だった。
(痛い)
という感覚はある。
でも、
(だから何だ)
という思考が先に来る。
痛いと言っても変わらない。
怒っても変わらない。
黙っても変わらない。
なら、
何も意味がない。
教室。
校庭。
階段。
どこでも同じ。
名前を呼ばれる。
「遥」
振り向く。
「何」
声が出る。
出せる。
でも、
それは自分の意思から出ているのかどうか分からない。
「それ、取ってこい」
「ここ立ってろ」
「邪魔」
従う。
(俺って何だ)
ふと、思う。
殴られている時でも、
笑われている時でも、
命令されている時でも、
“自分”として扱われていない。
対象。
道具。
位置。
「そこ」
と言われた場所にいるもの。
それが今の自分だとしたら、
(俺って、どこにいる)
胸の中を探す。
怒り。
悲しみ。
悔しさ。
あったはずのものが、
薄くなっている。
消えたわけじゃない。
ただ、
使う場所がない。
使えば悪化する。
使わなければ続くだけ。
なら、
使わない方が合理的だ。
「聞いてる?」
声。
「聞いてる」
また答える。
それはもう、
自分の言葉じゃない。
必要とされる反応を返しているだけ。
笑い声。
足音。
誰かの舌打ち。
世界が、
自分を中心に動いているわけじゃない。
むしろ逆だ。
自分が、世界の都合に合わせて置かれている。
(俺って何だ)
人間か。
対象か。
役割か。
分からない。
でも、一つだけ分かる。
(ここにいる)
確かに、ここにいる。
殴られても、
笑われても、
命令されても、
消えてはいない。
ただ、
意味を持たないだけ。
意味を持たない存在でも、
存在は消えない。
それが、
一番静かな地獄だった。
誰かがまた言う。
「遥」
振り向く。
「何」
そのやり取りは、
もう何百回も繰り返されている。
意思も、
感情も、
言葉も、
全部、摩耗していく。
それでも体だけは動く。
(俺って何だ)
答えは出ない。
出ないまま、また呼ばれる。
「遥」
振り向く。
「何」
それだけが、
まだ残っている反応だった。
コメント
1件
うわあ……これ、読んでて肺の奥がぎゅーってなった。 「俺って何だ」がこれほど繰り返されることで、もう自分を問うことすら反射になってる感じがひしひし伝わってきた。痛い、でも「だから何だ」で閉じる処理——その合理性がむしろ生々しくて苦しかった。 呼ばれて振り向くだけの「遥」が残ってる、その反応がかろうじて“在る”を証明してるような。静かな地獄っていう表現、本当にその通りだと思う。ここからどう動くのか、続きがすごく気になります……。
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ruruha
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ゆうまる
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