放課後。夕陽が傾き、教室の中は赤く濁った光で満たされていた。
机がいくつか、円を描くように並べられている。
中心に、遥。
椅子に座らされたまま、手の甲に黒いマジックの跡。
そこには大きく「裏切り」と書かれていた。
「なぁ、これ、うまく書けてる?」
蓮司が笑いながら、ペンを回す。
周りの数人が、くすくすと笑った。
「裏切られたほうって、どんな気分だろな」
「“親友”に売られて、黙ってるの?」
「それとも、また泣く? 泣いたら許してやるよ」
机を叩く音。
チョークの粉が舞う。
遥は、声を出さない。
顔を上げたら、何かが崩れそうだった。
「お前さ、“日下部くん”に嫌われたんだって?」
誰かが言った。
笑いが弾ける。
「違うって言ってみろよ」
「ほら、あの“情けない顔”で」
「見放されたのに、まだ庇うの?」
蓮司がゆっくりと歩み寄る。
その足音が、やけに静かに響いた。
「なぁ、遥。お前、まだ“信じてる”んだろ?」
返事がない。
ただ、震えた息が漏れる。
蓮司は、机の上のノートを手に取った。
例の、破れたページ。
“ごめん”の文字。
「これさ、泣けるよな。誰に謝ってんの? 裏切られたくせに」
その言葉に、周囲の誰かが吹き出す。
「キモい。まだ信じてるとか、バカじゃね」
「“ごめん”とか言いながら、自分が一番可愛いんだよ」
声が重なり、机が蹴られる。
背中に、鈍い衝撃。
息が詰まる。
痛いという感覚より先に、空気が消える。
「泣けよ」
蓮司の声が低く沈む。
「泣いて、全部“嘘でした”って言えよ」
遥は唇を噛み、血の味を感じながら首を振った。
その小さな拒絶の動きが、逆に火をつけた。
誰かが肩を殴り、誰かが髪を掴んで引き上げる。
机の角が、腕に食い込む。
痛みが波のように広がる。
「見ろよ、この顔。まだ信じてんだぜ」
「“日下部くん”が戻ってくるって」
「哀れすぎて笑える」
笑い声の中で、蓮司だけが笑っていなかった。
その目は冷たく、まるで観察者のように、遥の崩壊を見つめていた。
「これで、ようやく分かるだろ。お前の“信じる”ってやつが、誰も救わないってこと」
夕陽が完全に沈むころ、教室にはもう誰もいなかった。
床に落ちた紙の切れ端。
“ごめん”の文字だけが、赤黒く染まっていた。
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