テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「話そうとするとさ」
言葉を探すみたいに、少し間を置いてから続けた。
「もう相手の顔が浮かぶんだよね」
日下部は黙ったまま、椅子の背に体重を預けた。急かさない。
「“面倒くさいって思われるな”とか」
指先が無意識に擦れ合う。
「“空気悪くなるな”とか。あと、“どうせ理解されない”」
言い切った途端、喉の奥が乾いた。
言ってしまえば、それで終わりにされそうな気がしていた。
「で?」
日下部が短く促す。
「……結局、何も言わない」
笑おうとして、やめた。
「言う前に、全部終わらせてる」
日下部は少しだけ眉を上げた。驚いたというより、確認に近い。
「相手がどう反応するかを、先に決めてる」
「うん」
「しかも一番悪いやつで」
図星だった。
胸の奥が、わずかにきしむ。
「外したこと、ある?」
問いは静かだった。
「……ある」
しばらく考えてから答える。
「言ってみたら、普通だったこともある」
「でも、言わない方を選ぶ」
「うん」
日下部は顎に手を当て、少し視線を落とした。
「それさ」
一拍。
「相手のためってより、自分を守るためだろ」
責める調子じゃない。
だから否定もできなかった。
「期待しなきゃ、がっかりもしないし」
ぽつりと零す。
「そうだな」
日下部は肯いた。
「反応を想像して、先に引っ込めるのは、安全だ」
安全。
その言葉に、少しだけ救われる。
「でもさ」
日下部は顔を上げる。
「それ、相手の反応じゃなくて、“過去の経験”見てるだけじゃないか」
息が止まる。
「前に面倒くさがられたとか、空気悪くなったとか」
淡々と続ける。
「その記憶が先に出てきて、今の相手に被せてる」
「……じゃあ、今の人は関係ない?」
「ゼロじゃない。でも」
少し言葉を選んでから。
「確認する前に、判決出してるのは自分だな」
静かな沈黙が落ちる。
否定できないぶん、逃げ場もない。
「じゃあ、どうすればいいんだよ」
声が少し低くなる。
「想像するなって言われても、無理だし」
日下部は肩をすくめた。
「想像していい」
即答だった。
「ただ、“想像”って自覚しとけ」
「自覚?」
「それは事実じゃなくて、予測だってこと」
机を指で軽く叩く。
「言わない選択も、別に悪くない」
目線が合う。
「でも、“言えなかった”のを、臆病って決めつけるな」
胸の奥が、少しだけ緩んだ。
「反応を怖がるのは、ちゃんと関係を壊したくないってことだから」
「……そうなのか?」
「少なくとも、“どうでもいい相手”には、そこまで考えない」
その言葉が、静かに残る。
「次も、たぶん想像すると思う」
正直に言う。
日下部は小さく笑った。
「だろうな」
それから真面目な顔に戻る。
「そのとき、“今、昔の失敗が喋ってるな”って思えたら、それで十分だ」
完璧な答えじゃない。
でも、現実的だった。
「……全部言わなくてもいい?」
「全部言う必要なんかない」
強くもなく、突き放しもしない声。
「一言だけでも、“今は話すのやめとく”って選べたら、それは逃げじゃない」
そう言われて、初めて気づく。
黙ることしか選択肢がないと思っていたことに。
「……そっか」
日下部はそれ以上言わなかった。
でもその沈黙は、拒絶じゃなかった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!