テラーノベル
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結城が叫ぶと、教室が一瞬で輪になった。やつの声に合わせて、やつらの顔が一斉にこちらに向く。空気が締まる。逃げ場なんて最初からないことを、身体が知っている。
「よし、今日はちゃんと謝らせようぜ」
結城の声は冷たく響いた。周りのやつらの目が、まるで餌を選ぶ獣じみて光っている。誰かがスマホを掲げ、録画の赤い点が俺の視界に刺さる。
誰かに腕を掴まれ、無理やり立たされる。押されて机の角にぶつかった。痛みが瞬間的に走り、頭がふらつく。結城はゆっくりと俺の前に立ち、顔を近づけてくる。鼻先に吐き捨てるように言う。
「お前、弟にいい顔したんだろ? 今ここで謝れ。声出せ、泣きながらでもいいから謝れ」
「……」
声が出ない。出すときっともっと面白がられる。出さないと更に罵られる――選択肢のない檻に閉じ込められている。誰かが俺の肩を押し、体がぐらりと崩れた。
最初の一発は背中だった。力任せに押しつけられ、床に膝をつく。息が抜ける。次に、横から手が伸びて膝の上を叩き、誰かが鼻で笑う。
「ほら、動くぞ。声出せよ、顔見せろ」
やつらは簡単な命令を次々と投げつける。頭を下げろ、顔を上げるな、そして笑え――皮肉な注文が重なる。誰かが本を投げつける仕草をして、教室の角にあったゴミ箱がざらりと倒れる。周りの声が盛り上がっていく。
「謝れって言ってんだろ!」
結城が声を荒げる。やつの言葉に合わせ、数人が前に出てきて俺の両腕を押さえつける。動けない身体。指先が爪を肉に食い込ませるほどに握りしめる。痛みで視界が揺れる。
「俺に向かって、弟がなんて言ったと思う? 『あの人いい人だった』? そんなわけねーだろ。お前がいい人なわけねーだろ!」
結城の言葉が耳を切る。やつは俺の髪を掴んで無理やり顔を上げさせる。顔の前で、何人かが小馬鹿にした声で囃し立てる。
誰かが俺の頬を軽く叩いた。強くない。それでも、衝撃が皮膚を振動させ、心の奥まで震わせる。痛みよりも、そこにいる全員の視線が一斉にこちらを測り、評価し、剥ぎ取ることが何よりも怖い。
「声出せ。謝れ。弟に謝れ」
結城の舌打ち。俺の唇は震え、空気を掴むように言葉を探す。喉の奥で何かが壊れるように、ひとつの言葉だけがどうにか這い上がってきた。
「……ごめん」
その一語で、教室は溶けて歓声になる。誰かが「もっとだ」と叫び、誰かが「ちゃんと泣け」と煽る。結城はにやりと笑い、俺の腕をさらに強く押し付ける。息が苦しい。涙が勝手にあふれる。だが、泣く――それは彼らの次の餌になるだけだ。
「謝罪、下手くそだな」
別のやつが言う。結城が近づき、低い声で命令する。
「ちゃんと、心から謝れ。弟に迷惑かけたって、心の底から言え。映えるやつを頼む」
俺は「心から」という言葉がつぶれるのを聞いた。心の中には怒りはなかった。あるのは冷たい虚無感と、身体の震えだけだ。だが彼らはそんなことを許さない。謝罪の形まで決めてしまう。頭を下げろ、声は震わせろ、鼻水が垂れるぐらいに泣け、と細かく指示する。
誰かが俺の髪を掴んで、顔を上げさせる。顔が近づくと、笑いがさらに大きくなる。録画の赤い点がこちらを見つめている。恥が強烈に押し寄せる。
「お前の謝罪、聞かせろ」
結城が命じる。俺は唇を噛みつつ、もう一度声を出した。
「……ごめんなさい、ほんとうに、ごめんなさい」
言葉が震え、嗚咽が漏れる。やつらはそれを聞いて歓声を上げ、スマホを振り回す。誰かが近づいてきて、俺の膝を蹴るふりをして威嚇する。痛みが過去のあらゆる痛みと重なって押し寄せる。
「もっとだ、もっと苦しめ」
結城の声は冷たく、楽しげだった。周りのやつらも同じ顔をしている。彼らにとってのエンタメは俺の痛みだ。謝罪が終わっても、それは区切りではなく次の始まりに過ぎない。
俺は床の冷たさを感じながら、嗚咽を震わせて頭を下げ続けた。喉が痛い。声帯が乾く。誰かが容赦なく言葉を重ねる。
「お前、これでわかったか? 弟にいい顔するやつは、ただの詐欺師だ。これで帳消しだって思うなよ」
身体の端々が痺れて、思考が薄れていく。羞恥と恐怖と痛みだけが鮮明だ。スマホの赤い録画ランプはいつまでも消えない。クラスの笑い声は遠ざかることなく、俺の耳にこびりつく。
最後に結城が一歩引いて、勝ち誇ったようにこちらを見下ろす。やつの目には弟への“取り戻し”が宿っている。弟に知られる前に、弟の中の好印象を塗り替えるために――こうして俺を徹底的に潰したのだ。
俺は謝らせられた。声を震わせ、膝が泥だらけになるまで頭を下げさせられた。だが謝りながら、心の底でわかっている。これで終わるわけじゃない。映像は回され、笑いは共有され、明日になればまた別の形で消費されるだけだ。
外に出ると、廊下の光が刺すように冷たかった。膝も、掌も震えている。胸の中には深い空洞が開いていて、そこだけが生き残っている感じがした。結城が弟の前で見せる表情も、今日の出来事も、全部が俺の体に刻まれていく。
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