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蓮司が一度小さく指を鳴らすと、教室の空気が瞬時に変わった。
笑い声、囁き声、足音——まるで待っていたかのように全員が動き出す。
遥は、自分の席に座ったまま身体が硬直した。
周囲の視線が、じわじわと突き刺さる。
その視線は、ただの嘲笑ではなく、“逃げられない”という意志を伴っていた。
「おい、こっちこいよ」
誰かが低く呼ぶ。
遥は一歩も動けない。息が浅くなる。
蓮司は教室の端に立ち、微かに口角を上げる。
手を上げるその合図で、クラス全体の攻撃が始まる。
椅子がぶつかり、机が押され、足元を掬われる。
教科書がばらばらと落ち、プリントが散らばる。
笑い声が、まるで凶器のように響く。
「こっち向け、顔見せろよ」
「恥ずかしがんなよ、みんな見てるぞ」
遥は目を伏せ、手で顔を覆う。
けれど、誰も手を貸してくれない。
押さえつけられ、弄ばれ、声を上げれば笑いに変わるだけだ。
身体が机と床の間に押しつけられ、背中を突かれ、胸元まで視線が這う。
胸の奥が焼けるように痛む。
涙は出なかった。声も出なかった。
ただ、自分の存在そのものが晒されているという恐怖だけが、全身を縛りつけた。
蓮司の目が、静かに教室を見渡す。
微動だにせず、動くのは他の全員。
その視線は無言の命令だった。
「もっと見せろよ」
囁き声が、遥の耳元をくすぐる。
身体の震えが止まらない。
視界の端で、日下部が机の下で硬直しているのが見えた。
目が合わないように、互いに顔を伏せる。
しかし、蓮司が動かなくても、クラスの暴力は止まらなかった。
笑い声が重なり、身体的な圧迫、心理的な羞恥——
あらゆる形で、遥を完全に包囲していた。
「やめ……」
声にならない声が口から漏れる。
誰も止めない。止められる者はいない。
蓮司だけが、静かにその場を支配している。
やがて、教室の騒ぎは遥の周囲で最高潮に達する。
プリントは床に散乱し、机はぐらつき、足は絡め取られる。
視線、手の届く範囲、囁き——すべてが、逃げ場のない牢獄のようにまとわりつく。
蓮司は微動だにせず、その場に立っていた。
ただの観察者のようでいて、実際には全てを動かす指揮者だった。
教室の空気は、もはや暴力と羞恥が重なった生きた圧力で満たされていた。
遥は小さく体を丸め、息を整えようとした。
胸の奥で、あの日の恐怖が再び波打つ。
日下部もまた、目の端に見えるだけで何もできない。
ただ、蓮司の冷たい合図で再び地獄が動き出したことを、二人とも理解していた。