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夕方になるのが、冬は早い。カーテンの隙間から差し込む光が薄くなり、部屋の色が少しずつ変わっていく。
真白はダイニングテーブルで、何度目か分からないページをめくっていた。
内容が頭に入っていないのは、自分でも分かっている。
「……暗くなるの、早いね」
独り言のように言うと、キッチンにいたアレクシスが振り返った。
「もうそんな時間か」
コンロの火を止め、換気扇を弱める。
鍋の中で、スープが小さく揺れた。
「冬は、時間の進み方が違う気がする」
「遅い?」
「ううん。急に静かになる感じ」
アレクシスはうなずく。
それが同意なのか、理解なのかは分からないけれど、真白はそれで十分だった。
テーブルに並べられたのは、具だくさんのスープと、切っただけのパン。
特別じゃない。
でも、冬の夜にはちょうどいい。
「いただきます」
声を揃えることもなく、それぞれがスプーンを取る。
湯気が立ち上り、眼鏡をかけているアレクシスは少しだけ眉をひそめた。
「曇る?」
「うん。でも、冬っぽい」
真白はそれを見て、小さく笑う。
スープを飲むたびに、体の奥がゆっくり温まる。
暖房の風とは違う、内側からの温度。
「ねえ、アレク」
「なに?」
「冬って、何もしなくても許されてる気がしない?」
「……どういう意味?」
「寒いから、とか。暗いから、とか。
理由がちゃんとしてる」
アレクシスはスプーンを置き、少し考える。
「確かに。言い訳しやすい季節ではあるね」
「でしょ。だから……」
真白は言葉を探して、一度黙る。
「今日はこれだけで、いい日ってことにしたい」
アレクシスは、否定しなかった。
「いいと思う」
短い返事。でも、即答だった。
食事が終わると、洗い物は自然に分担される。
真白が洗い、アレクシスが拭く。
水の音と、布が食器に触れる音。
「手、冷たくない?」
「ちょっと」
そう言いながらも、真白は手を止めない。
その横で、アレクシスが少しだけスピードを上げる。
「ほら、もう終わる」
「……優しい」
「今さら」
冗談めいた言い方に、真白は安心する。
洗い終えたあと、ふたりはソファに並んで座った。
テレビはつけない。
代わりに、外の風の音が聞こえる。
「寒くなってきた」
真白がそう言うと、アレクシスは無言でブランケットを持ってきた。
肩にかける動作は、もう迷いがない。
「ありがとう」
「どういたしまして」
それ以上の会話はない。
でも、距離は少し近い。
冬の夜は長い。
だからこそ、こうして何も起きない時間が、ちゃんと意味を持つ。
真白はブランケットの中で、そっと息を吐いた。
「……このまま、春までいけそう」
「それはさすがに長い」
「冗談」
笑い合うほどでもない、静かな空気。
それが、今はちょうどいい。
外は冷えている。
でも、部屋の中には、確かに生活があった。
それだけで、十分な夜だった。